この話は、お題「さよならのためのキス」の続きにあたりますので、できればそちらから読んで頂けると嬉しいですv




























 

 

Bluebirds fly over the rainbow  Why then oh why can't I  ?

 



 

>> オーバー ザ レインボウ

 




 

 

ある日。

弟に好きだと言われた。

愛していると。



人に好きだと言われたのは初めてだった。

十代後半の男としては非常に情けないことだと思わなくもないが、はっきりいって状況を考えてみれば致し方ないのだ。むしろありえない。

母を亡くし、母をよみがえらせる為に弟と共に錬金術の勉強に明け暮れ、修行をし、さらに勉強に励み人体錬成の理論を構築した。

実践に失敗したのが11の夏。

弟は10歳だったが、その失敗のあおりを受けて、全消失した。自分も足をなくし、腕をなくしながら弟の魂だけを取り戻した。

そう、自分は弟の魂だけしか取り戻せなかった。腕一本と魂を引き換えにしただけで。・・・本当は全部くれてやるつもりでいたのに。

弟の魂は、家にあった鎧に定着させた。それがどんなに残酷なことか、考える暇もないうちに。

12まで、機械鎧の手術からの回復と訓練に追われた。国家錬金術師の資格をとり、弟の体を取り戻す為に旅に出るためには、自由になる仮初の腕と足が必要だった。

失敗したはずの、思い知らされたはずの人体錬成を、ふたたび行うために。

そして4年。4年の歳月を、弟は鎧で過ごした。眠ることも、感じることもない体で。じぶんたちは長く旅を続けて。

弟の不自由を思えば、余裕なんてひとつもなかった。どんな時間も惜しく、どんな情報にも餓えていた。


5年目を迎える前にようやく弟の体を取り戻すことができた。

体機能が上手く働くか初めは心配しどおしだったが、今はなんとか落ち着いた生活を取り戻している。

そんなころ、突然。

キスをされた。

好きだと言われた。

愛していると。

弟に。


初めは何をされたのかよく判らなくて。


体を取り戻して以来、なんだかやけにぼーっとこちらを見ているなとは思っていたけれど。

好きだなんて。

「好き・・・か」

好きだとか愛してるだとか、いわれたこともなければ、考えたこともなかった。

弟は・・・・よく彼女が欲しいだのなんだの言っていたから、色々思うところもあったし、そういうことを意識する年齢ではあったと思うが。

そこは心半分というか。実際本当に余裕がなくて。

いつかは、とか、そんな中途半端な心持だったように思う。どこか遠いというか。

それを一番初めにつきつけるのが、自分の弟だなんて思ってもみなかったし。


だいたい弟はなんでオレなんかを好きなんだと思う。

兄の目から見ても、弟は非常に出来がいい。

頭もいいし、ケンカも強い。捨て猫を見捨てられない優しさも持ってるし、無茶をした自分をフォローする気配りや、冷静さももってる。

今までは鎧だったけれど、人の体を取り戻した今、母似の優しげで整った風貌は、女の子達にもてるに値するだろうし、背も高い。残念ながら自分よりも拳ふた・・・ひとつ半ほど。

それなのに。


「兄さん」

「うぇ!?」

「うぇって何?また考え事?ほら、ちょっと寒くなってきたからブランケット持ってきたんだ。羽織って?ココアあるよ。飲むよね?」

「・・・・・・・・・・・・・・飲む」

兄の目から見ても無駄に出来たこの弟は、あろうことか自分にキスをして好きだと言った。

何をされたか初めはよく判らなかったが、弟のあまりに切羽詰った様子に、こっちまで切羽詰ってしまい。

「美味しい?」

「うん」

「良かった」

アルは何が楽しいのか、ずっと上機嫌だ。もうあれからひとつきほどもたつのに。

カップから口を離してちらりと見上げると、アルは、早速肩からずり落ちたブランケットを、丁寧にまたかけなおしてくれる。

「おまえのは?」

「ボク?ボクはいいんだ」

ひたすら自分に構いどおしで、ひたすらにこにこと嬉しげに笑っている。頭のネジでも外れたかと、正直ものすごく心配していたのだが。

「・・・・・・・・これで、じゅうぶん」

ちゅ、と音を鳴らしてくちづけた。それは一瞬のことで、だけどアルはそれで大満足らしい。

つまり幸せだと、そういうことらしいのだ。

「甘いや」

兄貴に好きだと言って、たまに抱きしめたり、たまにキスをしたり。そんなことが例えようもなく幸せで、まるでネジが一本外れたように見えるらしい。


そんなバカな。






アルフォンスはある日突然にキスをしてきて。

好きだと言った。


兄さんが好きだ。なんて。そんなの。

こっちも好きに決まってる。たったふたりきりの兄弟で、ずっと身を寄せ合うように暮らしてきた。

周りから仲のいい兄弟だと言われることも多かったけれど、生まれたときから傍にいて、ずっと見てきたのに、好きじゃないわけがない。

だから、あの時。

あの、母を錬成しようとしたときに、目の前でアルフォンスが解体されてゆく様を目の当たりにして。

失うものかと思った。自分と引き換えにしたって。

絶対に。


好きか嫌いかと言われれば、それはもう、とんでもなく好きの部類に入ると思う。

兄さん、と呼びかける甘い声も、つんつんに尖った髪も、優しい笑顔も。全部自慢の弟で。

いたずらを持ちかけると、初めは止めるくせに、どんどんノリ気になってきて、結局一緒に怒られる羽目になるとことか。

案外足癖が悪いところとか。組み手やってるときに絶対手加減しない負けず嫌いなところとか。世話焼きなところ、寂しがりなところ。

「アル」

「ん?」

呼びかけたら、絶対返事をしてくれるところや、どんな人ごみの中からでも見つけてくれるところ。

「ちょっとさ・・・・」

「うん」

「抱きしめてみてもいいか」

「う、えええええ!?」

全部可愛い。全部好きだと思う。

「い・・・・・・・・・いいけどっ!」

照れて目をそらすその頬に触れて。

肩から落ちるブランケットに構わずに抱きしめる。

ぎゅう、と力を込めると、全身に伝わってくるそのぬくもり、その鼓動。

「すんげー早いぞ、心臓」

「あたりまえでしょ!」

大事で、大事で、好きすぎて、わからない。

自分は、アルフォンスを、どういう風に好きなんだろうか。


さっきまでおたおたしていたくせにアルフォンスは、こちらが抱きしめるというよりはぼうっともたれている内に慣れてきたようだった。

頭の上のところを愛しげに頬で撫でてくる。

指先が伸びてきて毛先をいじる。

目を閉じると、アルの鼓動と、アルの息遣いと、アルの。

アルフォンスだけでいっぱいになって、泣きそうな気分になる。

幸せだ。

こうやってふたりでまた、ひとつ所に落ち着いて暮らせる日が来たこと。

アルフォンスが好きだと言ってくれること。

「アル」

「何?」

「くすぐったい」

「ん。でもちょっとだけ我慢して欲しいな」

アルフォンスは幸せだと言う。

自分も幸せだと思う。

幸せで泣きそうで、キレイな構築式が出来上がったみたいに、完結してしまっている。そこからはみ出すものがなくて。

でも。

「アル、好きだ」

「・・・・・・・・・・・・・・うん」

そんなわけない。

「ボクも大好き。兄さん、・・・・・・・兄さん。愛してるよ」

そんなわけがない。

こんな風に兄貴を抱きしめて、それで幸せだなんて。

自分なんか抱きしめたって筋張って固いだけだ。

女の方が柔らかいし小さいし、抱きごこちだっていいだろう。

幸せに。

誰よりも、誰よりもいちばん幸せになってほしいのに。


「なんで」

「いや、そこ疑うとこじゃないから」

アルは自慢の弟で、リゼンブールのみんなにももちろん好かれてるし、初めてあったひとだって、すぐアルとは仲良くなるし、頭もいいしかっこいい。

彼女欲しいなんて自分で言わなくたってよりどりみどり選べて、自分のやりたいことなんでもやって、それでもってきっと人に尊敬されて。

もっともっと自慢の弟になって、それで。

たまに、自分と話した時に、兄さんのおかげだよってそう言って笑ってくれればいいと思ってた。

そう言ってもらえなくても、アルが幸せで笑ってるんだったらそれでいいと思っていたのに。

なんで自分なんか選んでしまうんだろう。

「それともボクが兄さんを好きな理由を確かめたいとかそういうこと?それならいくらでも言うけど」

「・・・・・・・・・・・・おまえ、ほんと明るくなったなあ」

「だから兄さん、そこ感心するとこじゃないから」


アルのぬくもりに触れていると、それだけで、幸せな気分がふくらんで眠くなる。

まるで子供の頃のように。

おやつを食べて。お腹いっぱいで、陽だまりの中でうとうとするような。

「ボク、ほんと呆れるくらい兄さんが好きなんだよ」

「そうか」

「ずっと、ずっと前から好きだったんだもん。ちょっと浮かれるのくらい許してほしいな」

「・・・・・・・・ずっと?」

「うん、ずっと」

顔を上げると、また幸せそうに微笑まれてしまった。思わずこっちも微笑み返して、いや違う、と思い直す。

「ずっとっていつから」

「え、それ聞いちゃう?」

「お前が言い出したんだろ」

ほんとに何か違う。

こっちが幸せにしてやるつもりだったのに。

「10・・・・才くらいのときからかな」

「・・・・・・・・へえ」

「あ、今オレの方が先だとか思ったでしょ。違うから。兄弟としてじゃなくて」

「・・・・・・・・・・マジで?」

「マジで。もうちょっと・・・・・・どうにもならないっていうか、想うと泣いちゃうっていうか、そんな感じでだけど」

10歳というと師匠の元に修行に出てるような。

「そのうち鎧になっちゃったから、なんかそんな場合じゃなかったし、なんて言うんだろ、あんまり意識しなかったっていうか。魂だけだったからかなあ、好きとは思うけどあんまり切羽詰った感じじゃなかったんだよね」

安心してたのかなあ、とアルは続ける。

「鎧でいるときは、ずっと兄さんとふたりだったし、兄さんがボクのこと気にかけてくれるのわかってたし、それだけで満足してたところあるから。・・・・・・でも」

アルがまたすこし笑って、静かに額に口づけた。くすぐったい。

「体が戻って、改めて兄さんを見たらもう、こんな眩しい人が世の中にいるのかって感じで。そしたら体があるものだから、もうあっちこっち大変で」

「大変?」

「そこは聞かないで・・・・・・。・・・・いや、つまりものすごくドキドキしたりするってことだけど」

「なんか、ぼーっとしてるな、とは思ったけど」

「見惚れてたんだよ」

「・・・・・・・変な奴」

そう言われてみれば、幼い頃はケンカをした仲直りのときなんかによくキスをしてやったものだった。なぜならそれで機嫌がよくなるから。

ただ単にキスが好きなのかと思っていた。自分も、母のキスが好きだったし。

「判ってるよ」

鼻先がぶつかりそうな至近距離のまま、アルフォンスが言う。

「兄さんはまだ、ボクに付き合ってくれてるだけだって。ボクのこと、好きではいてくれるけど、まだ『弟のボク』の方が大きいんだよね?」

「判んないんだ」

「うん」

「好きって、どういうことか」

好きだと思う。幸せにしてやりたいと思う。

でも考えたこともなかったから。

「うん、でも兄さんはボクを好きって、嫌じゃないって、幸せにしてやるって言ってくれた。それがどれだけボクの力になったか判る?」

弟から発せられる甘い息、甘い言葉。

「ボクは今なら、虹の彼方の楽園にだって行ける気分なんだよ」

「・・・・・・・青い鳥を追ってか」

それはずいぶん昔の優しい記憶。母の歌ってくれた歌のように。

「青い鳥はいつもこの手の中にってね」

言いながらアルはやはりひどく優しく笑う。

「ボクの青い鳥は兄さんだから、兄さんがいたらそれで幸せなんだ。そこに楽園はあるんだよ」

どんな悩みも、甘く溶けるような、それは楽園。

 Why then oh why can't I  ? 

いつか。

「それを知ってるボクは、すごくすごく幸せなんだ。ねえ、兄さんは知らないの?」

Somewhere over the rainbow  Way up high

青い鳥が飛んでゆく。

溶けていくようだと思う。

「アル」

「なあに」

幸せにすることばかり思って、幸せになることを考えてもみなかった。

幸せにすることが、幸せだと思っていたのに。

「好きだぞ」

「うん、ボクも」

ああ。

青い鳥が腕の中にいる。






挟まってる英語はOver the raibowの歌詞です。何か車のCMで色んな人がカバーして歌ってましたね。
さよならのためのキスの続きの話にあたります。お兄ちゃんバージョン。
兄さんは基本的にアルのためには自己犠牲の人だし、アルのこと愛しちゃってるので、【恋人】の好きには疎いと思う。
でもその好きは別に恋人の好きでもいいんじゃないかなーと思ってしまう瞬間、かな(笑)自分も幸せになりたいと思っていいかなと考えちゃった瞬間。
幸せがそばにいたから幸せだと思っていたけど、もっとって求めていいって。
幸せになれー。

04.12 礼