どうして。

 

 

>> さよならのためのキス

 

 

 

どうしてボクはこんなにも彼を愛してやまないのだろう。

たとえば朝起きた時。

本を読み漁って、ほとんど徹夜になっちゃって、おんなじベッドや、ひとつの毛布に撃沈して眠った朝に。

そういう時先に目を覚ますのは大概ボクで、(なぜなら兄さんの方が往生際悪く本にかじりついているから)そしたら窓から差し込む光が。

やたらと眩しいなと思いながらふと視線を傍らにむけると、静かな呼吸で兄さんが眠っていたりするのを見た瞬間だとか。



ボクの方が起きるのが遅い朝、アル、アルって繰り返し名前を呼ばれて、目を開けたときに、兄さんがカーテンを開けながらこっちを見たりするのだとか。

その後、おはようとか、ねぼすけとか、反対にボクが先に目を覚ましたときに言うような言葉をそっくり返すのが嬉しいらしい兄さんの笑顔が近づいてくるのだとか。

そんな時、ぐずって起きないでいると、まるで母さんみたいに音を立てて頬にキスをしたりするのだとか。



ボクは彼を目にするたびに愛しい気持ちでいっぱいになる。それは子猫を見つけたときみたいな庇護欲に似てるときもある。

例えば夜、眠りにつくとき。

最近かけ始めた眼鏡を置いて、まだ本に未練はあるんだけど、眠くて仕方なくて目をこすったりするのだとか。

母さんや、長かった旅の思い出を話していて、寂しくなってしまって一緒に寝ようって言い出す時とか。

一緒に寝てよって言ってみたら、この甘えたーって言いながら、すごく嬉しそうにするときとか。




ただ愛しい。悲しいときも、優しい気持ちになるときも、ちょっと傷つけたくなる瞬間も。

どんなときも、まずボクに湧き上がる愛しいというこの感情。



豪快にごはんを食べる姿や、未だにミルクが嫌いで飲ませようとしたらちょっと涙目になる姿。

きれいな髪をといて、物思いにふける姿と。怒りに任せて、壁を蹴りつけるところまで。

愛しさで震え出しそうになる。




手に、触れたら。

爆発するんじゃないかって。










「アルー」

お風呂上りらしい大ぶりのタオルを頭に被せた兄さんが、ふらふらとボクの方に歩いてくる。

「上がったー。お前も入れ」

うん、って頷きながらもボクはその様子に首を傾げる。

「のぼせた?もしかして」

「うーー」

不服そうにというか、しくじったと言う感じで兄さんがうなった。

何でそこで負けた気分なのか全然わかんないながらも、ソファに座ってたボクは慌てて立ち上がって、調子の悪そうな兄さんのそばに寄る。

「ちょっと調子にのって長湯・・・・ああ、ダメだ、目が回る」

言いながら兄さんは、ボクに体重を預けてくる。

「ちょっと、大丈夫なの?お水持ってこようか?」

「へいき。じっとしてれば直る。のぼせただけなんだから」

そう言いながら兄さんはボクの背中に腕を回す。それを支えてやりながらも、ボクははらはらしてしまう。

のぼせただけなら、実際たいしたことないのは判ってるんだけど。

「あちー」

ほてほてした兄さんの体。ボクの肩に額を置く兄さんの顔も何も、タオルに阻まれて見えはしないけど。

濡れた髪の感触は判る。ボクの肩のところ、確実に冷たくなる服。

「ねえ、ほんとに大丈夫?」

時計を見上げると、確かに長湯だ。ボクもぼーっとしてて気付かなかった。

「平気だって」

ボクは兄さんを支えたまま、そっとタオルを取る。大丈夫なら、こんなに髪を濡らしたままにしてたら風邪を引くから乾かさないと。

ぺたんとボクの肩に懐いたままの兄さんは、そうしてみると、目を閉じているのが判る。目が回るって言ってたから。

「そのままでいいからちょっとじっとしてて」

ボクは左手は兄さんをかかえたまま、右手でタオルを持って下から髪をすくい上げる。

指に力をこめて、握るように水分を取っていく。これだけでも随分違うはずだ。

やわらかな髪は、扱いを間違うとすぐもつれる。兄さんは乱暴だから、兄さんが髪を拭くのを見てるとはらはらする。

でもがしがしと乱暴に頭を拭いて、髪が妙にふくらんじゃってる兄さんも実はすごく可愛い。それを丁寧にとくと、驚くくらい素直に落ちていく金の髪を、編むのも好きだ。

髪を編んだあと、サンキュなって言って笑う兄さんの笑顔も好きだし。

兄さんはボク以外にあまり髪を触らせなくて、それも嬉しい。

「伸びたね、髪」

ああ。

「ん?そうか?」

愛しさがあふれるよ。




あなたが何をしていても、何を見ていても。ボクはあなたを愛して止まない。

その視線の行く先も。その指先の指す先も。

この髪の一筋もすべて。

兄さんが触れるなにもかもを。


あなたがいい。

あなただけでいい。

あなたがいればいい。






「あーちょっとマシになってきたかも」

兄さんが押し付けてた額をボクの首の方に向けて、へにゃりと笑う。

こういう幸せそうな笑い方を見ると、ボクも幸せでいっぱいになるんだ。

抱きついてくる兄さんくらいなら、今更珍しくも無いんだけど、そういうお風呂上りとか、濡れてる髪とか、ちょっと頼りない姿とか。

・・・・で、抱きついてこられたりなんて。

ああ。



「兄さん可愛い」

「はー?何言ってんのお前、こんな男前捕まえて」

「うん。兄さん男前だけど、すごく可愛い。兄さん大好き」

「おーそうかー。オレもアルのこと好きだぞー」

兄さんは、可愛いってとこは無視することに決めたようだった。そういうとこも可愛い。

兄さんは可愛くて、綺麗で、とんでもなく男前で。もうどうしようもない。

どうしようもないんだよ。



「兄さん」



ああ。

あふれる。

溢れてしまう。









「ん?」

少しだけ顔を傾けた兄さんの顎をそのまま持ち上げた。

「大好き」

愛しさが溢れ出してしまうんだ。

あなたの髪も目も指先も、笑顔も怒った顔も泣きそうな顔もなにもかも。

「くぬやろ。可愛いのはどっちだってんだよ」

嬉しそうな兄さんが、ボクのほっぺたっていうか、ほとんとくちびるの近くにキスをした。

それは、いつものような親愛のキスだと判ったけど。

それは頭でだけのことで。

「っ・・・・・・・・・・・・・・んんッ」

まるで誘われるように、自分のくちびるを兄さんのそれに押し当てた。

押し付けて吸って、押し入って、吸う。

舐め上げると、兄さんが苦しそうにうめいた。

「・・・・・・・・・ル・・・ッ」

名前を呼ばれたのは判ったけど、ボクはもう暴走してしまっていて、なにせ兄さんとキスをするなんて初めてだったものだから、興奮とかそういうのもない混ぜになってしまって止まるものも止まらなくなっていて。

だから。




「アル!!」

ばちんと両頬を叩かれた瞬間、自分のしていることが判らなかったボクは。

「・・・・・ボク・・・・」

今・・・・・・・・?

混乱した頭が、一瞬にして、現状を把握しなおした。血の気が引いた。

なにをした・・・・?




な。

なんてことを、なんてことを、なんてことを!

キスなんてキスなんて。

そんなことをしたら。

ボクは呆然としたまま、睨み上げてくる兄さんをただ木偶の棒みたいに見下ろしていた。

なんてことを。

そう思う端から、兄さんがきつく見上げてくる視線の強さや、その光る金をきれいだと思い、しっとりとした金髪が乱れた様や赤く濡れるくちびるに魅了される。

このひとは、なんて綺麗な人なんだろうと。まるで他人事のように考えた瞬間ようやく。

「・・・・・・・・・・ごめんなさい」

謝罪が口をついて出た。その後からすごい勢いで沸き起こった恐怖は、言葉に出来るものじゃない。

ごまかさなくちゃ。

ボクはこの人を好きで好きで好きで仕方なくて、愛しくて愛しくて愛しくてどうにもならなくて。

だけどずっと傍に。ずっと隣にいたかったから、ずっと。

隠しとおすつもりで。

ごまかしておけば。

弟としてならいつまでも、傍にいられると。兄弟でこんな想いを抱くのは間違ってるから、ずっと傍に、ずっとそばにいたくて。

ごまかすんだ。

ごまかせ。

今なら間に合う。ちょっとした冗談だって、してみたかっただけだって。笑え。

笑えよ!!





「謝るようなことをしたのか」

兄さんが、まっすぐな視線をそのままにボクに詰め寄った。

「お前がしたことは、悪いことだったんだな?」

それは、ボクの好きな、揺るぎの無い真実を見つめる目。

ああ。

このひとは。

なんてうつくしい。

その圧倒的事実の前にボクはひれ伏し、まるで神を前にした子羊のようになる。

「ごめんなさい」

ボクは贖罪を乞う。

あなたが好きです。愛しています。ずっと傍にいたいです。だからずっと、この気持ちは禁忌として、黙っていようと思っていました。

どんな苦しみも、あなたの傍にいられるなら構わなかった。我慢できると思った。

溢れ出す愛しさを、深呼吸をして沈めて。兄弟愛に変えてしまって。

それでずっとやっていけると思っていたんだ。



でもボクはそれを壊した。

たった今。

兄さんがボクをどれほど大事にしてくれているかを知りながら。

壊した。兄弟という関係を。

それは許されることだろうか。いや、それどころか。

許されざる罪として。

罪の果実を勧められて食べた男は楽園を追われる。

誘惑に耳を貸さなければ、楽園はこの手の中にあったのに。




ボクが壊した。あれほど隣に求めたものを、自分自身の手で。

ボクはこの人を、失う。

「兄さんが好きです」

こんな時なのに、いつもと同じ言葉にしかならないのは何故なんだろう。

「兄さんが好きだよ」

伝えたい想いが、溢れてしまっているのに。

「大好きだよ」

言葉にならない。


ほろほろと涙がこぼれた。自分がこんなにバカで、こんなに無理が効かないなんて思ってもみなかった。

我慢なんて慣れてるって思ってたのに。

「ごめんね、本当に。でも、愛してるんだ」

兄さんは、もうボクを睨んでなかった。きれいな、不思議な色の目をしていた。

それでもこの至近距離で、まっすぐにボクを見つめてくれる目。そらさない瞳。

涙はすぐに止まってしまった。兄さんの前で、情けない男でありたくない。

「これで、終わりにするから、少しだけ我慢して?」

何も言わない兄さんに、少しだけ微笑んで見せて、そっとそのくちびるに口づけた。

さっきとは違う、触れるだけの、一瞬のキス。

最後のキスなら、もう少し長く触れていたかったけど、無理だった。

兄さんのくちびるは柔らかすぎて、ひどく神聖な心持になった。

「・・・・・・・・終わりって、何」

ボクのキスを避けもしないで押し黙っていた兄さんが、ようやく口を開く。

「さよならの、キス」

覚悟の言葉は、それでも胸に詰まった。

「さよなら?」

「こんな気持ちで兄さんの傍にいられないもの」

暴走する想いは、必ず兄さんを傷つける。心だけでなく、体も。

自制心には自信があったつもりだけど、そんなもの、さっきの瞬間ふっとんだ。

ねえ、だって兄さんのくちびるを知ってしまったボクのくちびるは、今まで以上にあなたを求めてしまってるんだよ?


「大好きだよ、兄さん」

あなたのそばにいない自分なんて想像も出来ないけれど。それはこの生活を壊した自分の責任。

等価交換以外のなにものでもないね。

「さようなら」

抱きしめたいけれど、そんなことをしたら離れられなくなる。さっきのキスで最後だ。

「元気で。手紙を書くよ」

一歩後に離れた。それだけで、兄さんの体温や、兄さんのにおいがふっと遠くなる。

それがひどく・・・・・・・。

「・・・・・・・・・!」

兄さんの腕が伸びてきて、ボクのシャツの襟をつかんだ。と、同時にその足が、ボクの足を払う。

「いっ・・・・!」

すごい勢いで後のソファに倒れこまされて、痛いと思った瞬間には、兄さんのくちびるが、ボクのにぶつかっていた。


え。









ええええええええ?







ボクはあまりの事態にわたわたと手を動かすけど、それは兄さんの手に絡めとられ押さえつけられる。

凄い力で押さえられたまま、きつくくちびるを吸い上げられて、眩暈がした。

夢だ。

なんだか知らないけど夢だ。

兄さんとさよならするのが辛くて白日夢に突入したに違いない。

ボクは呆然とそう考えて、その間も、兄さんの舌が入り込んでくるのを受け入れたりして。

やばい。ほんとうに気を失いそうだ。気持ちよすぎて。そんなもったいない。

キスの最後にひときわ強く吸われて、本気で眩暈がした。兄さんはボクに馬乗り状態で、くちびるを動かせば、まだ触れそうな至近距離でボクを見ていた。

「これでおあいこだ!」

ああ、怒ってる。ってそんな風にまず思った。それから意味がついてきて。

・・・・・・・・・って。

「おあいこ?」

バカみたいに聞き返した。兄さんはボクの上でぎらぎらとした視線を向けてくる。

「オレは今ものすごく怒ってる」

「うん」

「何で怒ってるか判るか」

ええ、そんなのたくさんありすぎて判らないよ。

「お前が!」

ガン、と兄さんの右手がソファの背もたれをたたく。怒りの持って行き場がないのだろう。

「お前がオレにキスして、何で謝るんだ!」

なんで、って。

「何でって、だって兄さんボクとキスしたかった?さっき無理やりしたらすごく怒ったじゃない」

夢のせいか、兄さんが怒りすぎてるせいか、それともびっくりしたからなのか、ボクは妙に冷静になってしまってそう答える。

「違う!お前が謝ったからだ!」

「・・・・・・・・ごめん、よく判らない」

「バカアル!」

「ごめんなさい」

「謝ってすんだら軍部はいらねーんだよ!」

「ごめんなさい」

なんだか謝るしかなくて、ひたすら謝っていたら、兄さんの顔が泣きそうにゆがむ。

「アルはオレを好きだって言わなかったか」

「うん、大好きだよ」

「好きでキスしたんじゃなかったのか」

「ううん、大好きで、キスしたくてキスしたんだよ。大好きだよ兄さん」

一度言ってしまうとやはり歯止めが利かなくなるようだった。大好きだと何回繰り返しても足りない気がする。

「じゃあオレを好きになるのはダメなことだっていうのか!」

「だって、禁忌でしょう。この際男同士だというのは置いておくにしても、兄弟だよ、ボクら」

「だから終わりにするのか」

「これ以上兄さんを傷つけたくないんだ」

バシ、とまた兄さんに両頬をはたかれる。じんじんと、痛む頬より、傷つけてしまったらしい兄さんの心が気になる。

「バカアル!お前オレの気持ちなんかひとつも考えたことないだろう!」

「それ・・・・・・・・・」

ボクは息を飲む。いくら夢とはいえ、都合がよすぎる展開の気がする。気がするけど、今兄さんが言った言葉の意味ってもしかして。

「それって兄さんも、ボクのことを好きってこと?好きって兄弟の好きじゃなくて?」

「知るかんなもん!」

兄さんがボクの期待を蹴り飛ばして、叫んだ。ボクはさすがにがくりとする。

やっぱり?

落胆したボクの顔に兄さんのそれが近づく。キレイな顔が歪む。それはボクが鎧だった頃たまに見せた、泣くのをガマンしている顔。

「でも、嫌だ」

そう言ってボクの胸に頬を寄せた。本当に泣いてるんだと思った。

「お前が離れるのだけは、我慢できない・・・・・っ」

駄々をこねる子供のように、ボクの胸にすがりついて泣く兄さんは。

「オレもお前に無理やりキスしたんだから、お前がオレにしたことは無視。出て行くなんて許さないからな、アル」

そんな嬉しいことを言ってくれるけど。

「そうじゃなくて、ほら、ボクの好きって歯止めがきかないからさ、ほら、なんていうか・・・・」

「はっきり言え」

「うんまあはっきり言っちゃうと、この先無理やりキスだけじゃなくて、もっと色々無理やりするかもしれないわけで」

「我慢しろ」

「我慢できなくてこうなってるんだよ、兄さん」


我慢するつもりはあったんだけどね。

「じゃあ、いい」

「は?」

な、ななななななんか、いま。

すご・・・・すっごいこと聞いた気がするんですけどボク!!

「してもいい。別に無理やりじゃないし。嫌じゃないし」

「え?だって・・・・・え?何するか判ってるの兄さん」

思わずボクはボクの胸に顔を伏せる兄さんのその顔を無理やり上げさせる。

「だから!なんで謝るのか判らんと初めから言ってただろうが!」

兄さんは涙目のままそう主張。

そ、そう言われてみれば確かにさっきから、キスしたことより謝ったことにたいして怒ってたような気がするけどいやでも待て。

そういえばこれは白日夢では無かったけか。そうだ、それこそ都合がよすぎる。

「でも、兄さんは別にボクのことそういう風に好きじゃないんだよね?」

「そういう風にも何も、お前のことを好きなのは昔からなのに、どういう風になんて考えたことも無い」

「っていうかその答えが出る時点で、違うんだよ、兄さん」

「ダメなのか」

兄さんの髪が、ボクの胸に流れた。そこでようやくボクは兄さんの肩の冷たさに気付く。ああ、なんてことだ。このままじゃ風邪を引く。

ボクはそっと兄さんを押して起き上がり、兄さんを胸に抱く。

「こうやって、抱きしめるだけじゃないんだよ」

「判ってる」

きつく抱きしめて、ボクはもう夢でもなんでもいいような気になってしまっている。

なんて都合のいい夢だろう。

「いっぱい傷つくんだよ、きっと。痛いと思うし」

「構わない」

夢ならどうか、このまま。

「アルが作る傷なら、いい」

「嫌じゃないって言ったね。ほんとに嫌じゃなかった?」

「ん?最初のは苦しかったけど。突然だったし、息できなかったし」

うわあ、ごめんなさい。

謝るとまた怒られそうで、ボクは心の中で頭を下げる。

「だいたい」

兄さんが、ボクに頭をなでられながら、拗ねたような口ぶりで言う。

「今してるこれだって、『兄弟』の範疇からは越えてるんじゃないのか」

「そ・・・・うかもしれない、ね」

この程度のスキンシップは日常茶飯事だったわけで。だからこそボクも自分の自制心と言う奴に自信を持っていたのだけど。

箍が外れる、ってこういう事言うんだなー・・・。

「抱きしめるのも、抱きしめられるのも。キスするのもされるのも嫌じゃない。それ以上はしたことないからわかんねーけど、多分嫌じゃないよ。・・・・それじゃ、ダメなのか?」

「ダメじゃない・・・・」

ボクは愛しさのあまり兄さんの髪に何度も口づける。まだしっとり濡れた兄さんの髪。ごめん。せっかくのぼせるほど温まったのにね。

「好きだ。それをダメだって言われたら、オレ、どうしていいかわかんねーよ」

「兄さん」

ダメだ。・・・・・・・・・泣いてしまう。

「泣きそうだよ、もう。大好きだよ、兄さん」

夢なら少しくらい情けなくても許して。

「ああ、もうお前はほんとに仕方ないな」

ボクの胸におさまっていた兄さんは、肩口から顔を上げると、ボクのまぶたに口づける。

「兄ちゃんはそんな弱虫にアルを育てたつもりはないぞ」

言いながらも優しく触れるキスに、ボクは涙を止められずにいる。だって兄さん、これは。

「兄さんへの気持ちが溢れてるんだよ」

ボクの体の中に溜まっていっぱいになって、涙になって溢れる。出さないと、ボクは爆発してしまう。

「好きだっていうんなら、バカなこと言うな」

「うん」

「ずっと一緒だ」

「うん」

「離れないでくれ・・・」

兄さんの声が震える。ボクは涙を止められないまま兄さんのキスを受け続ける。





「幸せすぎるよ。こんな夢、アリなのかな」

「はあ?アル、言葉は正しく使え。夢じゃなくて夢みたいなこと、だろ」

「何言ってるの兄さん、これが夢じゃなくてなんだって言うのさ」

って自分で言うのも寂しいんだけどさ。これ以上のことがあったら、ボクもう死ぬ。っていうか死にかけてるのかも既に。

兄さんと離れるなんて、そんなの死んじゃうもん。それでこんなとんでもない夢見てるんだ、きっと。

「・・・・・・・・・たッ。痛い!痛いよ兄さん!」

「これでも夢かバカアル!もうお前は今日からバカアルだ!本当にオレ様の弟がこれほどバカだとは思っても見なかった!」

ボクのほっぺたをぎゅうううとつねる兄さんに容赦は無い。ほんとに痛い。痛いって兄さん。

「っていうかこの程度で幸せとかぬかしてるんじゃねえ!バカアルなんかこの世で一番幸せにしてやるってもうとっくの昔にオレ様が決めてるんだよ!」

「へ、れも」

片方だけじゃ足りなくなったのか、両方の頬をぐいぐい伸ばす兄さんが、『え、でも』って言ったボクの言葉を正確に理解する。

「でもも何もあるか!さっさとこれは夢じゃないと理解しろ!判ったら黙ってお兄様についてこい!お前なんか幸せで笑いっぱなしにしてやるから!」

「・・・・・・・・あい」

ここで頷かなかったら何をされるのかという勢いで兄さんがとんでもない宣言をして、ボクは既に幸せでまたもや眩暈がしていて。

「よし!・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぃ・・・・っ」

満足げに笑った兄さんは、間髪入れないタイミングで、くしっとくしゃみをする。ああ!

「だ、ダメだよ兄さん!夢じゃないならそんなカッコのままで!風邪引くだろ!?」

「誰のせいだー!」

「そんなの兄さんのせいに決まってるじゃない!お風呂!お風呂入ろうもう一回!」

「違う絶対お前のせいだバカアル!・・・・って兄を抱き上げるな軽々と!」

「だって兄さん軽いんだもん」

「じゃあ抱き上げるな」

「それは無理」

ボクは兄さんを抱き上げたままバスルームへ直行し、兄さんを湯船に投げ入れて怒られ、だけど兄さんがお風呂から上がってきた時にバスタオルで包んであげるために。

ドアの前に座り込んだ。












・・・さよならのためのキスというお題を悲しく仕上げないためにはどうするかというのがこの場合の私の目標でした。(笑)
アルエドで書かないというアレもなくはなかったんですが、さよならのためのキスっていう言葉の響きがかわいくて、やっぱりアルエドで使ってみたかったので。
アルエドはいっぱい告白話を書きたくなって困る・・・。ちっちゃいときパターンとか鎧パターンとか、人パターンとか。
男前兄さんが好きなので、出来るだけそんな感じにしてみました。

04.11.28礼