こちらはアルエドで美女と野獣(ディ●ニー)のパロディものです。
最後は、洒落にならないほど甘くなります。自分的にはのた打ち回る程甘いです。
なぜならおとぎ話だから(笑)王道・ハッピーエンドの鉄則に砂を吐かないでいられる方はどうぞ(笑)
拍手に載せてた頃より多少改稿。長いので前後編に分けました。

 























むかしむかし。

あるところに大きなお城に住む王子様がおりました。

王子様はたいへん愛らしいご容姿の頭のいい子供でしたが、幼い頃に王様とお妃様である両親を亡くしたため、わがまま放題に家来達に育てられたのでした。

あるクリスマスの夜のことです。

みすぼらしい老婆が道に迷ってお城にやってきました。

老婆は一夜の宿をこいねがいましたが、その醜い姿を嫌い、王子は老婆の願いを聞き入れることなく、お城から追い出してしまいました。

ところがその老婆の本当の姿は、美しい魔法使いだったのです。

魔法使いは、外見で人を判断してはならない、優しさと本当の愛を知るがいいと言って、王子様に魔法をかけて、とても醜い姿に変えてしまいました。

王子は大きく醜い鎧に。御付きの者達も、鎧を始め、時計やポットなどの道具にその身を変えられてしまったのです。

魔女は一輪の薔薇を王子に与え、その薔薇が散ってしまうまでに本当の愛を知らなければ一生をその鎧の姿で過ごすことになると言いました。

そうして。






 

 

 

>> B & B ( the first part  )

 

 












「ただいま!母さん」

エドワードが扉を開けると、トリシャがにこやかに微笑んで振り返った。

「おかえり、エド。また本屋さん?」

「うん。なあ、今日の晩飯なに?」

「今日はエドの大好物のシチューよ。街はどうだった?」

やった。とエドワードは笑いながらコートやマフラーを外して暖炉の前にかける。粉雪でそれらはしっとりと湿っていた。

「どうも何も、相変わらずだよ。しょっぼいの。本屋の奴、新しい本はもう無いとか言いやがるし」

「あなたは父さんに似て頭のいい子で、すぐ読み終わってしまうんだもの。きっと本屋さんの方がおいつかないのよ」

暖炉の前を横切って、ダイニングテーブルに腰を落ち着けながら、大きな図書館があればなーとエドは呟く。

「錬金術の勉強ももっとできるのに」

そんなエドに暖かなココアの入ったマグカップを手渡して、トリシャは困ったように微笑んだ。

「ごめんなさいね。母さんの体が弱いばっかりに」

「・・・・・なに言ってんだよ。母さんが悪いわけじゃないさ。それに最近は調子いいだろ?本屋なら、また締め上げて新しいのを取り寄せさせるよ。見てろよ、オレ、絶対すげえ錬金術師になるぜ」

母の言葉に慌ててエドは言葉を付け足した。

大きな街にいた時はたくさん本を読めたが、母の調子は芳しくなかった。だがこの街に来て以来、母は家事もこなすようになり、体調も良さそうだった。

空気がいいからだろうとエドは思う。本さえあれば、勉強は出来る。高名な錬金術師になれればどこに住もうと関係ないし、母に楽もさせてやれるだろう。

「そうね、エドは天才だもの。きっと誰よりもすごい錬金術師になるわね」

トリシャがそう言って柔らかな笑顔を見せる。エドはその笑顔が本当に好きだったから、この街がどんなに不便でも、母が笑ってくれるならそれでいいと思う。

何も大きな街である必要は無いのだ。本さえあれば。

だがこの街の本屋・・・・・いや、この街ときたら。 

錬金術のれの字もわからないような奴ばかりで、エドばかりかトリシャのことまで変人扱いをする。

本屋にも錬金術の本なんてほとんど置いてもいない。

男は労働してその糧を得ろだの、体の丈夫ないい嫁さんをもらえだの、どうでもいい説教ばかりするし。

「あああ、腹減っちまった。母さん」

「はいはい。じゃあ夕飯にしましょうか」

トリシャは笑って、その用意をしながら思い出したように言った。

「そうだ、エド。わたし明日留守にするわね」

「留守?なんで」

「うふふ。毛糸を買いに行って来ようと思うの」

「毛糸?んなのオレが行くよ」

「ダメよ。だってもうすぐクリスマスでしょ?」

「・・・・・・・・・そういやそうか」

クリスマスのプレゼントを用意してくれるつもりなのだと知って、エドは少し照れて笑った。 

編物は母の得意とするところだった。毎年クリスマスにはセーターやマフラーを編んでくれる。その色やデザインは開けてみるまでのお楽しみなのだった。

「でも遠いだろ。せめて送ってくよ。店の前で待ってるから」

「ダメ。大丈夫よ。本当に最近は調子がいいの。エドには冬支度をしてもらわないといけないし」

「・・・・ほんとに大丈夫か?」

「心配性なのは母さん似かしら」

トリシャはくすくすと笑う。その様子は本当に調子が良さそうだったので、エドも頷いた。

「無理すんなよ」

「判ってるわ」

そこで頷かなければ。

或いは運命はかわっていたかもしれなかった。

だが。



運命の歯車は、そのとき確かに動き出したのだ。







「遅い・・・・な」

エドはちらりと時計を見上げる。

トリシャが毛糸を買いに行ったまま帰ってこない。

トリシャが買いに行った店は、森の向うにあって遠いものだが、女の足でもまる一日かければ帰ってこれる距離だ。

「まさか」

既に日は落ちた。迷ったのだろうか、それとも急に体調が悪くなったのかもしれない。そう考えてエドワードは青ざめた。

やはりひとりで行かせるのではなかった。

せめて森を出るところまで送っていけば。

この時期、日が落ちてしまえば、空気は途端に冷たくなる。

向うにつくのが遅くなって、向うに留まってるならいいのだが。

いや、心配していても仕方ない。迎えに行こうとエドは立ち上がった。すれ違ってもいいように、置手紙をテーブルに置いて。

森は獣道に入ってしまえばひどく暗く、どこから何が出てきてもおかしくない様子だった。

母がこんなところにいたら、とぞっとして更にエドは声を張り上げる。

「かあさーーん」

探しても探しても母の姿は見当たらない。もはやエドまでが道を失ってしまい、だがそれでも母を捜すのを止められない。

月が真上に登るころ、エドは森の奥に大きな鉄製の扉を見つけた。

「すみません」

声をかけるが返答は無い。この扉ならばずいぶん大きな屋敷だろうから、こんなところで声をかけても聞こえるわけはあるまい。

だがもしかすると母を見た人がいるかもしれないとエドは扉をあけた。

重い音を立てて扉が開く。

「城・・・・・・・・?」

そこにそびえ立っていたのは屋敷ではなく、大きな塔のある城だった。森と同じく暗く、蔦のはう城壁はまるで森と同じ物のようにそこに埋没してしまっている。

庭を抜け、城の中に入ってみても人の気配はしなかった。

既に打ち捨てられ、朽ちてしまった場所なのかと思ったが、その割には埃がたまっていない。

古いものだが手入れはされているようだ。どこか遠い所に住む地主や王様の別荘か何かだろうか。

「おーーーい」

呼びかけて、暗い階段を上るが、やはり返答は無い。

「誰もいないのかー?人を探してるんだけどーー」

大階段を上りきって、高い天井を見上げる。豪華絢爛なステンドグラスやシャンデリアを見上げていると、口が開く。

「何か知らねぇけど、すっげー・・・・」

つい感心してしまいながら、あたりを見回したとき。

「・・・・・・・・・・・・・・」

ばっと後ろを振り返って、エドは首を傾げた。

今視線を感じた気がしたのだが。

「誰かいないのかー?」

声をかけるが、広い空間にエドの声が響くだけで、返答は無い。

エドは眉をしかめて、ふたたび階段を下りる。とりあえず階段脇のドアを入ってみると、物置のようなところに出た。

無造作に置いてあるものは埃を被っていて、やはり放置されているならこれくらいは埃を被るだろうと考える。

更にドアを抜けていくと中庭のようなところに出た。

冴え冴えと青く染み渡るような月の光。

花壇にはポイセンチアやサイネリア、スノードロップ、ベゴニア、クロッカス。

手入れなしで咲く花でもないだろう。その花を横目に周りに目をやるとそびえ立つ塔が目に入った。

固く閉じられた扉に手をかけると、鍵がかかっている。ためしに錬金術であけてやろうかと思ったところに、声がかかった。

「ダメだよ」

それはひどく幼い声だった。だが、月明かりに映る影は。

「そこは誰も入っちゃダメなんだ」

手元が一瞬見えなくなる程の影に、エドは扉を背にして警戒した視線を投げる。するとそこにいたのは、身の丈2mを越すような大きな鎧の姿だった。

エドは息を飲んで問い掛ける。

「・・・・・・・・何者だ」

「それはこっちの台詞。ここはボクの城だよ。キミこそどうしてこんなところにいるの」

冷たく言われてエドは詰まった。この鎧を被った人物が本当にここの住人なら言い訳はきくまい。エドが不法侵入なのは間違いないのだから。

「いや、あの、母さんがこの森で行方不明になって・・・誰か見かけた人がいなかったかと思って」

しどろもどろにエドは答えると鎧の目が赤く光った。

「母さん?」

「オレの母さんだよ。見なかった?栗色の髪で、こうやって髪を結んでるんだ。体の弱い人だから・・・・」

自分のみつあみを耳の横にもってきて、エドはその鎧を見上げる。

うつろに空いた目の奥に、赤く光るもの。こんなに大きいのに、人の気配がしなかった。なのにその幼い声がひどい違和感をエドに与えていた。

ただ静かにエドを見下ろしていた鎧は小さく知ってるよ、と言う。エドはほとんどすがるように鎧に取り付いた。

「知ってる!?どこで!?」

「おいで、案内しよう」

がしゃがしゃと音を鳴らして鎧が先に立って歩き出す。黒々と闇に光る鎧は、何者をも寄せ付けさせないほどの冷たさを漂わせていた。

その体は大きい。戦があるわけでもないのに、どうしてそんな鎧を被っているのだろうと思う。

何か人に見られたくないような傷でもあるのだろうか。しかし、顔まで隠す必要は無いのではないか。それとも、顔に傷があるのだろうか。

鎧は何も言わずに歩いて、冷たい地下室へ降りていった。いぶかしく思いながらもエドもその後に続く。

薄暗く埃っぽい地下室の奥に鎧は歩いていき、それを追いかけようとしたところで。

「母さん!」

並んだ鉄格子のひとつ、その奥でトリシャが青い顔をして眠っていた。

「どういうことだ、これは!」

あからさまにそこは牢屋の体裁をしていた。鉄格子、冷たい石の壁、硬そうなベッドと、薄い毛布。高い場所に小さな、これも格子の付いた窓が見えるが。

その窓に、ガラスは入っているのかどうか、エドには判らなかった。

鉄の格子に張り付いてエドは叫ぶ。

「母さん!母さん!」

「キミのお母さんだなんて思ってもみなかったから」

なんでもないように声をかけられて、エドは鎧をギリリと見上げた。

「てめぇ!お前がこれをやったのか!?母さんは体が弱いんだ!出せ!出せよ!」

鎧に掴みかかるが、彼はひょいと避けてしまう。

「だって不法侵入者だよ?普通捕まえるよね?」

当たり前のように言われて、エドはまたもや詰まる。道に迷った母が誰もいないと思ってここに入り込んだのに違いない。だが。

「あの人が変な人に見えるか!?母さんはきっと道に迷っただけだ!早く出してやってくれ。こんな冷たい牢屋になんて閉じ込めていたら・・・・」

半分懇願するエドに、鎧は小さく呟く。

「ふうん、大事なんだね」

「大事だよ!当たり前だろ!?母さんだぞ!」

「ボクには母さんがいないから、判らない」

「・・・・・・・・あ」

人の気配のほとんどしない広い城内。もしかして、こんなところにひとりで住んでいるのだろうか。誰にも顧みられることなしに?

それはひどく寂しい気がして、そう思うと、少し胸が痛んだ。

「だから、この人にずっとココにいてもらおうと思ったんだけど」

だが。

「はぁ!?」

その言葉には承服しかねた。

「何言ってんだ!あの様子見ろよ。おまえ母さんを殺すつもりか!?出せよ!母さんにはあたたかくてキレイな空気が必要なんだよ!」

「じゃあ、キミがココに残る?」

「・・・・・・・・は?」

エドは大きな鎧を見返す。彼の言葉は冷たく響くばかりで。

「ここを見たろ?これだけ広い土地にこんな大きな建物で。だけど誰もここを知らない。ここはもう忘れ去られてしまった。毎日何の変化もない。つまらないんだよね、暇なんだ」

「でも・・・母さんは・・・・」

「ここが体に悪いというなら、彼女はここから出してもいいよ。ボクの乳母として何の不自由の無い生活を送ってもらったっていい。だけどキミには出て行ってもらおう」

エドは呆然する。母が?この鎧とふたりで?

「キミがここに残ると言うなら、彼女にはこの城から出て行ってもらう。そうすれば彼女は元の生活に戻れるね」

鎧の言わんとすることに気付いてエドは息を詰めた。どちらかがここに残れと。ふたり一緒に帰す気はさらさらないと言っている。

「ボクは別に誰でもいいんだよ。でも忘れないで。キミ達はふたりとも不法侵入者なんだよ。ふたりそろってここに閉じ込めたって構わないんだ」

自分が。この鎧と。ふたりで暮らす?

それもまた到底承服できることではなかったが、何より母の身が案じられた。青い顔をした母。自分なら、抜けようと思えばここを抜け出すこともできるだろうが、母ではそうも行くまい。

「わかった」

「・・・・・え?」

「母さんを元にもどしてやってくれ。オレがここに残る」

「そんなに簡単に決めていいの?二度とこの人には会えないよ?キミはここに虜囚として残るんだ」

「構わない。でも母さんは・・・」

苦しげに眉根を寄せて横たわる母の姿。

「そう」

鎧は何の感慨も無く頷いたように見えた。牢屋を鍵で開けるのを押しのけるようにエドは母にすがった。

「誰か・・・・」

彼女をかかえて出たところを、すごい力で奪い取られて、鎧が誰かを呼ぶ。

「ちょ・・・何をッ!」

「キミはあっち」

顎で牢を指され、エドは息を飲む。

「キミは虜囚になったんだから、そこに入って」

「・・・・・・・・お呼びかな?」

「ああ、No.48。彼女を家まで送ってくれるかい?調子が悪いそうだから、気をつけて」

「ご用命しかと承った」

「エ・・・・・・・ド」

No.48と呼ばれた鎧に渡された母が薄く目を開いた。

「母さん!」

エドは叫ぶが、鎧に阻まれる。

「行って」

No.48は軽く頭を下げて、そこを出て行く。

「おい!本当に・・・・・本当に母さんは!」

「判ってるよ。見くびらないでくれる?キミのお母さんはちゃんと家に戻す。そのためにキミが残ったんだろう」

「本当だな?」

「あとで証拠を見せてあげるよ」

鎧はそういうと、牢に鍵をかけた。

冷たく凝ったそこに、エドワードはひとり、とりのこされた。







金色の髪をした少年を残して外に出ると、どこからか現れたもうひとりの鎧が声をかけてきた。

「いいんですかい、旦那」

「何が?」

そう言って彼に赤い光を向ける。

「母親の方を帰しちまって。あのちびっこはキレイな顔しちゃいるが男だろ?男じゃ魔法は解けないだろうに」

「女なら何でもいいって言うわけ?別にそんなこと期待してないよ。二人揃って帰してやるのが癪だから、どっちかしか帰さないって言ってみただけさ。そしたら彼が残るって言ったんだ」

「期待してないっつってもよォ、もう薔薇は散りかかってるんだゼ。この体になって30年・・・・・さすがにもう時間が無いと思うんですがね」

No.66、と鎧はその鎧に呼びかけた。

「あいよ」

「こんな鎧の体で、誰がボクを愛してくれるって言うのさ」

「さー、判りませんぜ。そういや魔女は愛し愛されれば魔法は解けると言ったんですっけ。じゃあ別に愛の種類は問わないわけだ」

「何言ってるのさ。ボクは彼を閉じ込めてるんだよ?そんなボクを彼が愛する訳無い。・・・・・・・彼が逃げ出さないよう見張っててくれる?」

「へいへーい」

肉切り包丁を振って、彼が地下牢の入り口に立つ。

優しさを知り、愛し愛されれば魔法は解ける。

だがこんな体で。

鎧の体はいびつで大きい。無骨で、赤く光る目を気味が悪いと逃げていく者ばかりだ。

こんな。

「こんな冷たい体を」

何を期待すればいいというのか。

大階段の上で。

ステンドグラスを通した月光に照らされた彼の姿を見たときに、まるで天使のようだと思った。

振り向かれて思わず身を隠してしまったけれど。

金色の髪は、きらきらとまるでそのものが光っているように発光し、その頬は真珠に薔薇の雫をたらしたような清らかな白。

「あんなにキレイな人が」

身軽な体で、跳ねるように外へ出た。その何も通さない月明かりの下でも。

その清廉な空気はなにひとつ変わることがなく。

思わず声をかけた。振り仰いだ瞳は月光を受けて蜜のようだった。

朝露に濡れる花びらのようなくちびるは、ひるむことがなかったけれど。

こちらを見て、一瞬よぎった恐れを忘れることができない。

当然だ。

あんなにうつくしい人が。

こんなにも醜い、こんなにも冷たい自分を。

好きになるわけも無い。

好きになるわけが無い。

「好きには、ならない」

鎧は中庭を進んで、群青に突き刺さるような尖塔を見上げる。瞬く星も、ビロードの空も切り裂くような。

あの塔のような自分を。



地下牢に戻ると、彼はベッドの上で、はるか高くにある窓を見上げていた。

両膝を抱えて、何かに耐えるような。その様は空を焦がれる天使のようだと、また思う。

がしゃりと鳴る鎧の音に気付いて、その目が自分を目に留める。

蜜色の瞳はやはりそれだけで光る。こんな闇の中でどうして。そんなにもうつくしく。

「これを見て。証拠を持ってきたよ」

檻のこちら側から掲げた手鏡を胡乱げに見やって、しかしそれが映す光景に気付いて彼が駆け寄ってきた。

ばしゃり、と彼に飛びつかれた檻が鳴る。

「母さん・・・・」

それはNo.48が彼の母親を家のベッドに寝かせるシーン。

「この手鏡は見たいものを映し出す魔法の鏡なんだ。これでボクは約束を果たした。キミにも約束を果たしてもらう」

「ここに・・・居ろって言うんだろ。判ってるよ」

不機嫌そうにしながらも、視線が鏡から外れない。

「判ってるならいい」

その視線の先から奪い取ってしまいたくて、鎧は鏡を彼の視線の届かないところへ引いてしまう。

「・・・・・・・・・ッ」

そうすることで、その蜜色の瞳がこちらにむけられる、そんな暗い悦びを。

「そうだよ。逃げたりしたら許さないから」

「こんなとこ閉じ込めなくたって逃げねーよ」

「どうだか」

「オレはそんなことしない!お前とは違う!」

ほら、と鎧はそのキツく見上げてくる視線に思う。

彼は今ボクを憎んでいる、と。

「ふふ。可哀想に。愛しい母親と引き離されて、キミはもうひとりぼっちだ。ずっとずっと。この忘れ去られた城に」

ボクと同じように。と鎧は考えて、背を向ける。

「待て」

その場を去りかけた鎧に彼が声をかけた。きつく睨みつけたまま。不機嫌そうな言い方で。

「食い物をくれよ。飲み物も。母さんを探し回って、オレはメシも食ってない」

「食べ物?」

振り返った鎧は、一瞬何を聞いたのかと思い、思わず聞き返した。

「そうだよ、腹減ってんの!虜囚ってんなら生かしとく気はあるんだろ。メシ」

「わ・・・・・・・・・・わかった」

急かされて鎧は慌ててそこを飛び出した。

「バリー!!」

扉を出た先にいた見張りに声をかける。

「おう、旦那にその名前で呼ばれるのは久々だな。なんですか、王子様」

ふざけて頭を下げるNo.66に、戸惑うように鎧は告げた。

「食事・・・・・を」

「食事?」

「彼が・・・・・お腹がすいたと言って」

No.66も一瞬口をつぐんだ。どちらかと言うとあっけにとられたように。

「そう・・・・か」

呟いて後、No.66は爆発的に笑い出す。

「そりゃそうだ!人間なんだから食事が必要だな!そりゃ当然の話だ。よっしゃ久々にこのバリー様の包丁さばきをご覧に入れましょうかねぇ!」

「・・・・・・頼む」

「まかせときなさいって」

気軽にぽんと王子である鎧の肩を叩くとNo.66は鼻歌を歌いながら行ってしまい、鎧は何だか力が抜けたようにその場に座り込んだ。







変な奴だとエドは思う。

見かけはものすごくデカいし、ごついし、とんがってるし、冷たいことを言う。

のに。

「・・・・・・・・・美味しい?」

「おうっ」


食事をさせろと言った瞬間から何かが違った。

それまで閉じ込めていた牢から出され、どこに連れて行かれるのかと思えば、豪華絢爛なテーブル。

エドワードは見たことも無いような豪華な食事に、呆気にとられた。

多分、黒パンに水でもくればいい方だと思っていたのだ。それが、こんなふかふかの椅子に座らされたあげく、大きなテーブルに所狭しと並んだご馳走。

ぐう、とはしたなく腹が鳴った。

椅子に座って、いつ食べ始めるのかと待っていたら。

「食べないの?」と聞かれ、よく見ると、鎧の前にはスプーンもフォークもありはしない。

「も・・・・食っていいのか」

「お腹すいてるんでしょ?」

何かたくらんでるのかとも思ったが、心底不思議そうに問われて、その誘惑に逆らえない人間はいるまい。

湯気を立てるかぼちゃのポタージュにスプーンをつけ、やわらかなバターロールにかじりつき、彩りのキレイな野菜のソテーと分厚く切られたステーキ。魚介のパスタを半分ほど腹におさめたところで、エドはフォークを止めて、向かいに座ってエドの食事を見つめる鎧を見る。

「お前は食べないのか?」

「・・・・・・・ボクはお腹すいてないから」

そう言われて、改めて、これが自分だけのために用意されたものだと知る。

そんなことありえるか、いやありえないだろう、と自問自答しつつ、取り上げられる前にと鶏肉にもかぶりついた。

「よく食べるねえ」

感心したように言われて、行儀悪くも食べながらエドは喋る。

「成長期だもん。つーかあんた何歳?」

「・・・・・・・・・・・15」

「15!?」

エドは口に入れかけていたポテトを置いて驚く。幼い声だとは思っていたが、まさか年下だとは思ってもみなかった。

「15歳?ほんとに?」

「・・・・・・・・・・・・そっちこそ何歳だよ」

拗ねたみたいな声に、エドの気分が上昇する。ただでさえ美味しいものを食べているので余計だった。

「オレは16だ!オレの方が年上だな!」

「キミのほうが小さいけどね」

「んだとコラ!!」

シュッとエドは手元のスプーンを鎧めがけて投げつける。それを鎧は防ぐどころか、指先で弾いてエドのもとまでもどす。

その器用さにエドが怒りを忘れたところで。

「それにしたってこの家の主であるボクに向かってその言葉遣いはないんじゃないの」

「だってお前年下だろ」

「信じられないほど大雑把な意見だね」

「そうだ、オレ様のことは兄ちゃんと呼んでもいいぞ」

「人の言うこと聞いてる?」

「兄ちゃんって呼んでみろって。それともお兄様か?」

「お断り」

思いっきり拒否されて、エドはちぇーっと舌を打つ。

「なんだー。オレひとりっこだから兄弟欲しかったのになー」

「お母さんとふたりぐらし?お父さんは?」

「オレがちっせーときにどっか出て行った。お前こそ親は?もうふたり鎧のがいるけど・・・・あれは違うよな?」

「両親とも随分前に死んだよ。兄弟はいない。あのふたりは家来。・・・・・・・ボクのことはいいよ」

「なんで、よくないだろ。これから一緒に暮らすのに。まーオレは虜囚だから家族にはなれないか」

かぞく?と鎧が呟いた。

「一緒に住んでたらそれは家族だろ?こんなでっかい城に住むような人間じゃ考え方も違うのかも知れねーけど」

「家族・・・・・・」

「そういやお前名前は?」

「ボク・・・・・・ボクは・・・・・・・アルフォンス」

「アルフォンス?いかにも王子様みたいな名前だな。アルフォンスね・・・・長いな、アルでいい?うん、そうしよう。なーアルそっちにあるソースとって」

「な・・・・・勝手に何言って・・・・・」

「オレ、エドワード。エドでいいぞー。みんなそう呼ぶし」

「は!?何言ってんの。っていうかそっちこそ王子様みたいな名前してるじゃないか!」

「でもオレ王子じゃないもん、ほら、ソース」

そう急かして、ソースを取らせて。

「でもさ、ほんとにいいぞ、兄ちゃんでも。おまえさ、ずっと寂しかったんじゃないの?」

そう言ったら。

ガン、とテーブルを叩いてアルフォンスは起ち上がり。

「いい加減にしろよ!勝手なことばかり言うな!」

怒って出て行ってしまった。

エドはその怒りように首を竦めて、やりすぎたかとため息をついたが。

特に食事を下げられるわけでも、牢に連れ戻されるわけでもなく。

もったいないので腹に食事をおさめたあたりで、妙に明るいNo.66とかいう鎧にベッドルームに案内され。

結局その夜を天蓋付のふかふかしたベッドで眠って明かしてしまったのだった。




いや、だから変だろう、とエドは思う。

アルは次の日の朝もエドの朝食に現れ、自分が食べるわけでもなくその様子を見守り、美味しい?と感心したように聞いてくる。

昼食も、その後の夕食も。

アルが食事を相伴することは無いが、エドが食事をしている時には必ず現れるのだ。

エドはその度にお前は?と聞くが、アルはおなかがすいてないと、断ってくる。

食事が終ればどこかへ消え、エドは無罪放免、あちこち歩きたい放題だ。

牢に入れられたいわけではないが、なんだか妙だとエドは考える。虜囚とは、こんなものではないだろう。

いや、確かに食事をしたいというまでは、虜囚の扱いだったと思う。それなのに。何が状況を変えてしまったのか判らない。

ひどく・・・・冷たい奴だと。酷い奴だと思ってたのに、向き合って話してみれば、15と言った年の通り、子供が拗ねてしまったみたいに見える。

こんなに広い城で、彼と2人の家来しか見ない。一日のほとんどを彼は、エドが入るなと言われた塔にとじこもっているようだった。

どうして、外に出て行かないのだろう。そんな疑問も頭にもたげる。

ふらふらと中庭に出ると、アルフォンスが花壇の前でぼうっと座っていた。

晴れてはいるが、冬の空気が濃い。寒くないのだろうかと思って声をかける。

「アル?」

「・・・・・・・・なに?」

「ちょっとお前、立ってみな」

そう言って立たせると、2メートル程もあるだろうか、鎧を被っていれば寒くないということも無いと思うのだが。

気合をいれて、まず右腕を突き出した。

「なっ」

急に殴りかかられて、アルは驚いてそれを右手の平で受けた。

エドはにやりと笑って、さらに左正拳を打ち込み、それを払われると同時に飛び上がった。

蹴りだした足も払われ、アルフォンスが打ち込んできた右拳に体重を乗せて、さらにそこから飛んで、ひとまずアルから離れる。

「やっぱお前強いな!」

「何するんだ!いきなり!・・・・・・・・・・・は?」

ふたり同時に叫んで、アルがエドの嬉しそうな言葉に思わず聞き返す。

「絶対強いだろうと思ってたんだ!このまま組み手やろうぜ。やることなくて暇でさ。体もなまっちまうし」

「くみ・・・・くみって・・・・・わわわっ」

スピードをつけて懐に入り込んできたエドに慌てながらも、アルは急所をとらせない。

これだけ体が大きくて、鎧などまとってしまえば、ある程度の攻撃など無いものとして受け流すのが常套だろう。

だが。

(うごきもはやい・・・・っ)

「お・・・・・おおおおお?」

攻撃に転じてきたアルに、足をとられ、ていっと投げられてエドは地面に転がる。

「あだッ」

「わっ・・・ごめ・・・・・・」

頬をしたたか打ち付けて、うめいたエドにアルがあわてて駆け寄る。

てててててーと呟いているエドにアルはどうしていいか判らずに、膝をついておろおろとしている。

「ごめんなさい・・・・・」

埃まみれの髪に触れようとして出来ずに、アルは肩を落とす。

「なんだよ、これは組み手なんだから、こんなんで謝んなくてもいいよ」

頬を赤くして、まだ寝転んだまま、エドがにやりと笑う。

「先に仕掛けたのはオレなんだし。・・・・しっかしお前ほんと強いな、体デカいのに早いしさ。またやろうなー」

ひらひらと手を振って起こせとジェスチャーすると、アルフォンスは戸惑うように手を差し出してきて、触れた瞬間何故か慌てて手を引こうとするのを強引に捕まえた。

「オレ、本も好きだけど、体動かすのも好きでさ。つーか何かしてないと時間持て余しちゃうんだよな」

思いきり体重をかけてもびくともしないアルフォンスの手を借りて体を起こして、エドはアルを見る。

牢に閉じ込められた時は、ひどく専制的な人間なのかと思ったが、彼は謝ることもできる。・・・・普通、虜囚の人間に謝ったりはしない。

触れるのを恐れるようにするのも、何もかもまるで、ただ人との付き合いに慣れてないだけのようにエドワードには思えた。

こんな大きな城で、アルと、ナンバーで呼ばれる鎧がふたり。ただそれだけで、そのふたりにしても主と部下という関係上、対等に接しはしない。

小さい頃に両親が死んだというのなら、誰が彼を怒ったり、誉めたりしてきたのだろうか。

そもそも彼は、誰かと食事を共にすることも、誰かと共に過ごすこともなかったのではと思うと、その孤独に胸が痛む。

自分でいいのなら、本当に兄代わりになれないだろうかと思う。

一緒に笑ったり泣いたり、ケンカをしたり。そんなことは、誰にでも普通のことだと思っていた。そんな普通のことを、一緒に。



「組み手、嫌だったか?」

アルは繋がれた手と、膝に置かれた手を順番に見ていたが、静かに首を振った。

「や・・・・じゃない・・・・・けど」

「・・・・・けど?」

乱れたみつあみを片手で解いてエドが聞き返すのに、アルはしばらく黙りこんでいた。・・・・・が。

「強引過ぎるんだよキミは!ふつう急にひとに殴りかかるか!?」

アルに怒鳴られて、エドは目を丸くする。びくりとしたエドの金の髪が揺れる。

怒った。

「は・・・・・・・ははっ。悪い悪い!そうだよな、びっくりしただろ。へへーざまーみろ」

こっちに向かって。一番初めの食事の時のように、逃げてしまうのではなく。

「何がざまーみろだよ、ほんとたちの悪い!」

「だってさー、お前強そうだから絶対やってみたかったんだもん。体もあったまったし、これでメシも三倍うまいって話だ」

そう言うと、アルはため息をついた。その手を伸ばして赤くなったエドの頬に触れる。

「痛い」

びくりと身を引いたエドの髪をひと房すくうと、手当てしようとアルが言う。

虜囚の手当てだってしないだろう、普通。そんな風に、だいじに。

「せっかくキレイな髪なのに、こんな汚しちゃって」

大事にするなんて、変だぞ、とこっちが言ってやりたくなるほどに。

「女じゃないんだし、こんなのたいしたことないよ」

「ダメ!」

アルは大きな声でいうと、ひょいとエドを担ぎ上げた。

「うわ」

「おとなしくする!」

「・・・・・・ハイ」

本当に妙な奴だと、エドは思った。







「変な感じだよ」

と、彼等の主人は言った。

大きな体をまるめこませて、真夜中。

かの客人はもう眠ってしまっているだろう頃。

「変、ですか」

「こんな気持ちになったのは、初めてなんだ」

「ほほう」

「好きになりましたか?」

「スキ?これがスキって気持ちかどうかよく判らないよ。・・・・でも」

彼が眠っているだろう部屋の窓を見上げる。

「見る度に、なんてキレイな人だろうと思う」

「確かにキレイな顔はしていますが」

「でも、変なんだよ、あの人」

「それも確かに」

大人しくしていたのは、牢にいたあの時だけで、アルに対しても横柄な態度を崩さないし、口は悪いし、ものすごくよく食べる。

ちょっと気を抜くとアルばかりか、No.48やNo.66にまで組み手を仕掛けてくるし、かと思えば、本を好きだと言ったのを思い出し城の図書館に案内してやると、狂喜してまる一日でも本を読んでいる。

錬金術の勉強をしているというので、教えてくれと言うと嬉しそうに頷いて、その後意地悪そうに笑ってじゃあオレのことは先生と呼べなどというので、拒否したらじゃあ兄ちゃんと呼べとさらに言い募る。

呆れて冗談で『兄さん』と呼んでやったら、あんまり嬉しそうな顔をするから、それ以来そうとしか呼べなくなってしまった。

屈託無く笑い、自分の我を通し、だけど憎めない。

まるでここに来たときのことを忘れたかのように。

「あの兄ちゃんのせいで、妙にこの城も活気が出たな」

使われていなかった図書館や、調理場。

「ボクらは、食べることも眠ることも、笑うことだって長い間に忘れてしまっていたよね」

「この体じゃあなぁ」

あの花が芽吹く時みたいだとアルは花壇を指す。

「地中に埋もれてたんだけど、あの人という水を得て」

芽を出す。茎が伸びて、花が咲く。ひかりを、いっぱいに浴びて。

「涙なんて出るわけも無いのに、泣いてみたくなるんだ」

からっぽの体が彼に与えられた水で満たされて。

「王子」

「旦那」

二つの鎧は同時に言葉を発して、それから顔を見合わせた。

「それは多分、彼を好きだということかと」

「惚れちまったねぇ、旦那」

しみじみと言い合わすふたりを見返して、アルは、首を傾げる。

「判らないよ。でも彼とずっと一緒にいたい・・・・」






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