>> snowblind
セントラルでは案外雪が降る。
降れば積もるのが常なので、エドワードはあまり雪が好きではなかった。ちらちらと舞い始めた雪に急ぎ足を更に早めようとして、足が止まる。
雪を厭った訳ではない。
視界に、空を見上げる鎧の姿を見止めたからだ。
その鎧の姿はよく目立った。
ここでだけではない。弟はどこででもよく目立つ。二メートルを越す大きな体に鈍く光る姿は、世界が闇に落ちようとも目立つのだ。
エドは彼の姿を真似て空を見上げてみる。
空の中央から、降るというよりは落ちてくるように、雪が降っていた。
風が無いせいかもしれなかった。
今日は積もるだろうか。積もらなければいいのにと思いながら足を踏み出して、アルフォンスの背後に立つ。
まだ空を見上げたままの弟はエドワードに気付かない。
「・・・・・・」
生身の手でそっと大きな背中に触れてみると、酷く冷たかった。アルフォンスの体はいつもひやりと冷たい。冬場になると余計。・・・雪など降れば尚更。
「わっ。兄さん!」
「あ、ああアル」
「何こっそり立ってるの、びっくりするじゃない」
一心に空を見つめていた筈の弟は、いつのまにかエドワードに気付いて、小首を傾げていた。感触を持たない弟は、そのくせ人の気配に聡い。気を抜けば簡単に見つかることは判っていた。
「いや、あんまり見てるから」
適当にごまかすと、小さくふふふと笑ってアルフォンスはもう一度空を見上げる。
「だってすごいなあと思って」
「ん?」
見てよと、その指を大きな体をさらに伸ばすように上げる。
「空が真っ暗でしょ?雪がその真ん中から降ってきて、見上げると放射状に雪が落ちてくるんだ。まるで自分が世界の中心にいるみたいな気分になるよ」
「バカ言ってる」
エドワードが笑えば、本当だよ見てみなよ!と肩を押す。弟に小突かれるようにしながら、もう一度空を見上げてみれば、雪はまた一段と強くなったようだった。
「ね?」
しばらく見上げていると、アルがわくわくとした声で尋ねてくる。エドはそちらに目線を戻した。落ちてくる雪に睫毛が冷えていた。
「そうかあ?」
答えると、判りやすく弟は肩を落とした。
「兄さんに人並みの情緒を期待したボクがバカだったよ・・・」
「んだと?」
ギャーと怒ってみれば、アルも怒ったようにぶつぶつ言いながら帰るよと促した。押し出されてエドは歩き出しながら、自分のコートに落ちては消える雪を見ないふりをした。
地に立ってたったひとり、空を見上げれば、天井の中心から舞い落ちる雪。
真っ暗なその中で、まるで。
「寒くない?兄さん」
「ああ、降ってる割にはそうでもないよ」
まるで世界にたったひとりで立ち尽くしているような気分になる。
アルフォンスはそこにいるのに。
「そう。でも早く帰ろうよ。ずいぶん長居しちゃった」
「お前がぼーっと空なんか見て立ってるからだろ」
「ボクはちゃんと約束の時間に来ました。兄さんこそこんな時間まで。また司書さんに無理言って、閉館時間延ばしてもらったんでしょ」
「してねえ」
「うーわ絶対嘘だ」
「してねえ!」
「はいはい」
後ろから投げられる言葉にいちいち反応したせいだろうか。アルフォンスが少し黙り込んだ。
「・・・どうしたの」
「何が」
「何か歩くのゆっくりじゃない?」
そんなことねえと言いながら、いつもの調子に戻せば、後ろからガシャガシャと付いてくる音。
雪だろうが雨だろうが、それを切って進んでいくのは構わない。
けれどここに。
「ねえ兄さん」
知らず歩調の緩んでしまうエドに、小さな声が降ってきた。
「手を繋ごうか」
あまりにも小さな声は、知らぬふりも出来る強さだったからかえってエドの心に響いた。
「たまにはいいでしょ。ゆっくり行くのも。兄さんが寒くないならだけど」
「だから別に寒くねえって」
反射的に強がったエドワードに笑ってアルフォンスが手を伸ばす。
「何だよ」
「機械鎧の方、ほら出して」
「ちょ、止めろって」
「恥ずかしがらなくても誰もいないよー」
強引に手を取られて、金属音が静かな夜に響く。
「恥ずかしくねえ!」
「そうだよねえ、兄さんは結構寂しんぼだもんねー」
「テメエお兄様に向かって喧嘩を売る気かっ」
「またまたー。こういう雪が降るような寒い夜って皆部屋に篭りがちになるから、誰も相手してくれないもんねえ。すぐ寂しくてボクにくっつきたがるじゃない」
「誰が・・・っ」
否定しかけたエドだったが、中途半端に図星をさされて結局言えずに黙り込んだ。
暑さ寒さを体感出来ないアルは、普段なら多少くっついても何も言わない。けれど雪は見た目にわかるから。
むしろ雪が降る時ばかり嫌がるから印象に残っているのだろう。そうは思ったがさすがに言えない。
アルは何故だかスキップでも踏みそうに上機嫌になっていた。機械鎧では何も伝えないと思っていたが、その跳ねるようなリズムは繋いだ手から確実にエドの体にも響いた。
雪の夜には酷く冷たい鎧の体。あえて人を遠ざける弟を寂しいと思っていたけれど。寂しいのはこのリズムを知らずに温度ばかりに捉われていたエドのほうかもしれなかった。
「こうしてるとなんだか世界にふたりきりみたいだねえ」
「ふたりいれば寂しくないだろ」
手を繋いだアルの腕のふりが少し小さくなった。ほんの少しの間がエドを恐怖させる。いつも、この弟にだけ。
「・・・うん、そうだね。兄さんがいるから寂しくないよ」
見上げた空からは雪が降り続いていた。もうあまり雪が嫌いでない現金な自分を、エドは笑いたくなった。
06年冬コミと07年スパコミで配布した(多分)ペーパーから再録・改稿しました。普段鎧をあんまり書かないので、ペーパーは鎧率が高い(笑)
07.8.20 礼