>> PRAY 



「兄さん、結婚しよう!」

そう言ったボクの言葉に、兄さんは口に入れかけていたハムサンドを取り落とした。

「はあ?」

「だから結婚しようって」

眉根を寄せたまま、兄さんはテーブルと皿の上に無残に飛び散ったハムやレタスやパンを拾う端から口に入れている。

「は・・・あ?」

どうやら良く判ってないらしい。ボクはつかつかと歩いて行って、そのマヨネーズソースにまみれた手を取る。

「ボクと結婚して下さい」

「・・・・・・」

兄さんは眉根を寄せたまま、今度は口を半分開けたけど、ちゃんと口の中の食べ物は食べつづけていた。器用だな。

「・・・・・誰が?」

「兄さんが!」

「誰と」

「ボクと!」

掴んでいる指先にキスをしたら、酸っぱかった。まあマヨネーズだから。

呆然としている兄さんににこりと笑いかければ、ボクと、握られた手を交互に見て、それからゆっくりと手をほどくと、ボクの肩をぽんぽんと叩いた。

「ちょっと、服にマヨネーズ付けるの止めてよ」

洗濯が面倒だろ。

だけどボクの抗議には耳も貸さずに兄さんがくるりと背を向けて、電話に向かって突進する。

「どうしようウィンリィ!アルが変になった!」

どこにかけたのかと思えば、ウィンリィのとこらしい。

「・・・・え?違うよ!だって、・・・・いや、そうじゃなくて聞けって!」

しかも完全に邪険にされている。

「アルがオレと結婚しようって言い出した!」

『・・・・ついに?』

ウィンリィの声が聞こえたのは、ボクが兄さんから受話器を取り上げたからだ。

「あっコラ!返せアル!」

「あれ?バレてたの?」

『あたしを誰だと思ってるのよ』

「えーと、ウィンリィ様?」

はははと笑ったら、受話器の向こうでウィンリィがため息をついた。

『結婚式には呼びなさいよ』

「もちろんだよ!」

受話器を下ろそうとしたところを、兄さんがかっさらって行く。だけどもうソレ。

「・・・・・・・・・」

切れてるんだよね。

「お幸せにって」

「嘘をつけ!」

「うん、結婚式には呼びなさいよって」

「・・・・・・・・・」

あれ、なんか今人生を諦めた顔しなかった?

「兄さんがどうしても嫌なんだったらボクがウエディングドレス着てもいいけど」

「結婚はするのかよ!」

「結婚式もね」

ぐうの音も出ないとばかりに頭を抱えた兄さんは、小さく唸って、唸り続けて、声も出なくなってしまった。

ボクは同じように跪く。




「ごめんね」

困ってるよね、と言うと、本当に困った顔の兄さんが顔を上げた。

「お前なあ・・・」

「うん」

「いきなり結婚してくれはないだろ」

「・・・そうかな」

「そうだよ!」

兄さんは一声叫ぶと、床に足を投げ出して座る。

「兄さんってそういう・・・段階とか?すっとばしそうなタイプだと思ってたんだけど」

ボクはしゃがみ込んだまま、自分の膝で両肘をつく。

「お前はそれなりに段階踏むタイプだと思ってたんだがな」

「でもさ、今更つきあってくださいも無いし、一緒に住んでるんだから同棲しましょうも無いし」

「だって、家族だろ。オレたちそもそも」

「うん、そうだよ。だけどボク、幸せになりたいんだ」

兄さんはゆるりと顔を上げてボクを見た。

「それで、兄さんのことも幸せにしたい」

「それは。」

「うん、今だってボクら幸せだよね。こうして体を取り戻せて、ふたりで暮らしてさ。でも、この先はどうなの?
ボクは兄さんにいろんなものを貰ったから、それを少しずつでも返していきたいし、これからも一緒に暮らしていきたいんだよ。他の人に取られたくない」

まるで子供のような駄々をこねていると思った。でも本心だった。

ボクらは家族で、でも新しい家族を作ろうと思えば作れてしまう。その時に。

「もし兄さんがどうしてもボク以外の誰かと結婚するんだったらウィンリィかばっちゃんにしてよ。そしたらボクも一緒に住めるし」

「ちょ、ばっちゃんはねえだろ!」

「うん、師匠は止めてね。シグさんとラブラブだし」

「つか、お前人の話聞け」

この思いをなんと名付けたらいいのか。

好きとか、愛してるとか、もちろんそれもあるんだけど、それだけじゃなくて。

いつか、年を取って否が応にも離れてしまう時がくるのなら。

「うーん、でもやっぱりボクと結婚しようよ。式はどうしても嫌だったら諦めてもいいよ」

あなたに誓う。いつまでもいつまでもいつまでも。この命ある限り。

「・・・あー、でも、そういうことか、結婚て」

「そうだよ。他に何があるの」

「いや、あの、ほら、結婚とかっつったらさ、なんつーかほら」

「ああ。・・・もちろんやるよ?」

「すんのかよ!しかも爽やかな笑顔で言うな!」

「残念だよね。ボクら男同士で子供が出来なくて」

「だから爽やかに言うな!」

「ボクの爽やかさは天性のものだからね!」

「頭痛くなってきた・・・・」

兄さんは、がりがりと頭をかくと、大きくため息をついて額を抑えた。ボクはそんな兄さんをほほえましく見つめる。

ボクにだって判ってる。今自分が言い出したことがどれ位変なことなのかって。

だけどそんなことでも投げ出さずに向き合ってくれる人だから。

「ごめんね。でも、愛してるんだ」

腕を伸ばしたら、兄さんの顔がはっと上がる。構わずに体を抱き込んで目を閉じたら、脳裏に母さんの笑顔が翻った。

愛してる愛してる愛してる。言葉にされなくても伝わる、母さんの笑顔。ボクは大好きだった。

同じくらい伝わればいい。

ずっと覚えてて。どんな時も、いつもいつだって、あなたを思ってる。


あなたが幸せでありますように。

あなたが笑っていられますように。


それがボクを幸せにすることも。

「ボクと結婚してよ。ボクが一番兄さんのこと幸せに出来ると思うよ」

抱きしめた体から、ふと力が抜ける。兄さんが小さく呟く。

「オレがお前を幸せにするよりもか?」

ああ。

そう。こういう人だから。

「そこは、それ、一生掛けて勝負って奴じゃないの」

体を離して、目をのぞき込んだら、兄さんのいつもの視線がそこにあった。

「勝てると思ってるのか」

ボクはあなたを愛している。

「負けないよ」





Prayforjapanの取り組みを聞いた時に思い出した言葉があって。
それは美智子皇后が仰った「皇室は祈りでありたい」っていうものでした。
天皇は、国家安寧を願ってお祀りをする司祭者としての役割が強いんですよ。で、祀りとしてはもう宮中でしか行われていないものもあるそうです。

それで共にあること、心を寄せ続けること、という解釈はしていたし、理解もしているつもりだったのですが、世界中からの祈りの画像を見て、ああこういうことかと腑に落ちた感じがしたんです。
祈ることが何になるって言葉も聞かれますが、日本ぐらい「祈り」が身近に、特に意識もせずに浸透してる国も無いんじゃないかな。
「まるで神への祈りじゃないか」じゃないですけど(笑)私たちは頂きますと手を合わせるし、お年寄りは有難うと仰る時に拝む方も少なくないです。
言葉や歌に魂を、祈りを乗せるから「言霊」という言葉があると思うし、あらゆるものに祈りを捧げるから、八百万の神という概念があるんだと思います。

そう思って、改めて世界中の祈りを見てみると、凄い数の祈りに囲まれてる!まるで八百万の神様が頑張れって言ってくれてるみたいだなと。

それでなんでプロポオズの話になるのよって感じなんですけど(笑)いや、結婚の誓いに似てるから(笑)

日本は祈りの国だから、世界中の祈りを力に変えられると信じています。頑張ってる皆さんにも、頑張るのがしんどい皆さんにも、少しの息抜きになれば幸いです。


で、マヨネーズはどうした?(笑)

2011/03/23 礼