「なんだ?」

 

 

 

>> タバコの煙

 

 

 

理由なら。



たまたま顔が近かったからだと思いたい。

「なんでしょうねぇ」

それにしたってこの人の冷静さはどうだ。

仮にも。

「私にキスをするなら煙草を止めるんだな」

男で部下の自分に、何の前触れも無くキスをされておいて。

「そりゃ無理っす」

「・・・そうか?」

窓からは、ひどく静かな雨が降っているのが見える。

ひどく暗く、静かで、冷たい。

そんな窓の外を、何も見ていないような目で。

「つーか、突っ込みどころ、間違ってませんか」

見ているから、つい。とかいうのは理由じゃない。・・・たぶん。

「昔」

こちらを見上げる表情は、いつもと変わらないように思えるのに。

「同じことを言った奴がいたがな」

アンタ誰も彼もに隙、見せ放題ですか、とも言えずに。

「結局私ではない人間のために止めた」

椅子の背もたれに深く腰掛けたまま暗闇に沈もうとする窓の外を見る。

(雨の・・・)

音を聞いているのかもしれない、とハボックは思う。

「オレは、誰のためにも止める気ないですけど。どうせ止められねーし」

だいたいにおいて傲岸不遜な態度を崩さない、この上司の珍しく不安定な様子の訳を、たぶんハボックは知っている。



それはこんな冷たい雨の日。

ロイとリザが正装で軍部を出、帰ってこなかった日がある。

東方司令部の電話のベルが、その日からあまり鳴らなくなった。




制服のポケットから、残りの少なくなった箱を取り出す。

あの人、昔は吸ってたのか。と咥えながら考える。

火をつけると、窓の中に赤く光が浮かび上がった。

「一本くれないか」

「嫌いなんじゃないんですか」

「煙草の匂いのするキスは嫌いだ」

「・・・さようで」

しまいかけた箱から一本抜いて手渡す。受け取ったロイは、ためらいなしにそれを咥えてハボックの袖を掴んだ。

手の中のライターの蓋は閉めた。伏せた視線の先に紫煙が立ち上ぼる。

(不味そうに吸うな)

ロイの眉間は寄せられて、吐き出す息は溜め息に似ている。

ハボックとて吸うごとに美味いと思っているわけではないが、ロイが思っているよりは美味いと思っているに違いない。

「不味いっすか」

「不味い」

よくこんなものを吸っているな、と言いながらもロイは吸いきってしまう気らしい。

「不味いし不健康だ。早死にするぞ」

「今更手遅れっすよ」

「それもそうか」

ハボックの咥えている煙草は見た目ほど吸っているわけではない。くせで口にしてはいるが、半分は勝手に燃えていっているだけだ。

とはいえ煙の害がないわけないだろうし、吸いすぎも確かだ。それはそうだが、そう簡単に手遅れを認めないでくれないか。

「吸ってようが吸ってまいが死ぬときは・・・」

「死ぬな」

簡潔に続きを言って、椅子の上からハボックを見上げる。

「確かにそんなものは関係ない」

ちょいちょいと左の指先で呼ばれて、もう十分近い距離を詰める訳にもいかず身をかがめる。

「・・・死ぬな」

乾いた唇だった。それが互いの息で湿っていくのをどこか沈んだ想いで感じる。

「煙草の味は嫌いなんじゃないんすか」

「私も吸ったからな。気にならない」

どーいう理屈だ。

「死なねぇですよ、オレは」

それは簡単に出来る約束ではない。

「大佐のためになんか死にたくないんで」

それでも。

ふん、といつもの人の悪そうな笑みを浮かべて、短くなった煙草をハボックに押しつけた。

「・・・どうしろと」

「有難いだろう。宝物にしてもいいぞ」

「誰がするんですか、そんなもん」

捨てる為に灰皿の位置まで移動して、そこに自分の分と上司の分のタバコを押し付ける。

「何でですか」

名残の煙を見ながら、聞いてみたい衝動に駆られる自分を真剣にバカだと思う。

「何がだ」

判ってか、わざとなのか、ハボックに答えは与えられず、そこに出来たのは不必要なほどの距離。

本来こんな駆け引きみたいな会話は苦手なのだ。

「アンタがタバコを吸ってる時はキスしていい時、って解釈しますよ」

「なんだお前、そんな趣味があったのか。ダメだぞ私はこのイーストシティだけでなくセントラルや他の地区のお嬢さん方のものだからな」

「別にアンタみたいな面倒な人はいらないです」

言い切ったハボックに喉の奥で笑って、ロイがそうか?と聞いてくる。

そうです。と声にならない声で呟く。

イーストシティのお嬢さん方はともかく、この人は軍部にとって不可欠な人間になる。それは引いてはこの国の。







理由なら。

たまたま。

ポケットに入った数少ないタバコ。

「オレはアンタなんかいらないし、タバコも止めないし、アンタの為に死んだりしないです」

くしゃりと掴んで手に握る。

「ついでに言えば早死にもしないです」

「それはお前の意思とは関係ないだろう」

「そりゃそうですよ。そこんとこは大佐にプレッシャーかけてるだけっすから」

ロイは笑うのを止めて嫌そうにハボックを見る。それに知らない振りをして、ハボックは再度ロイの机に歩み寄った。

手の中でよれよれになったタバコの箱を。

「どうぞ。差し上げます」

押し付けてきびすを返した。


きっかけなら、

貴方がつくればいい。











・・・・・・・・・ひぃ。
変なものを書いてしまいましたよ(笑)ヒューロイ前提ハボロイ・・・・・これってハボロイか?(笑)
まーでもその辺は、恋かもしれない、なので(笑)35題を見て、タバコといえばハボだろな。と。非常に判りやすい理由で書いてみました。
久々の自分更新がアルエドでないのは自分が嫌なので(笑)近いうちにお題でアルエドも更新したいと思っとります。
04.10.20 礼