「鋼の?」








 

>> スコール

 







図書館からの帰り、突然の雨に近くの家の軒先に入り込んだ、その時に。

雨の音に混じって、かすかに聞こえてきたのは。

赤くペイントされた電話ボックスで、同じように雨宿りをしている。

「・・・・・・・大佐」

ロイ・マスタングの声だった。

「なんで、こんなとこに・・・・」

呟いたエドに、東方司令部にいるはずの人間が首を傾げた。

強い雨で音が取れないのだろうとエドは思う。

「しかもひとりかよ。・・・・んなわけ無いよな」

よもや本当にひとりでいるということはあるまい。ホークアイなりハボックなり、このさいアームストロングでも、傍にいない方がおかしい。

彼はそういう地位の人間だ。

ここが東部だというのなら、ひとりということも無いとは言わないが、ここは南部だ。持ち場を離れて旅行だと言うのならともかく。

電話ボックスの扉を開いて、向うも何か言っているらしいが、声は聞こえてこない。むしろ、先ほど声が聞こえた方がおかしいほどの雨だ。

聞こえない、と頭を振ると、ロイは苦笑したようだった。すこし肩をすくめる仕草が妙に似合うのがなんだかむかつく。

こっちに来い、と指先が言った。

「・・・んだと、コラ」

お前が来い、と返してやると。何が面白いのか肩をゆすって笑っている。

というか、任務中ではないのか。

もしかしてこの雨では役に立たないから置いていかれたのだろうか、と思いかけて、いやこれはスコールだから、と思い直す。

南部のスコールなど珍しくも無い。置いていくくらいなら連れてこなければいいのだ。


雨はやみそうに無い。ある程度すれば上がってしまうのだろう。

もう少し経てば。

雨も上がって、自分はアルフォンスの元に帰り、彼もこんなところにとどまってはいないだろう。



・・・・雨が上がれば。

スコールなのだから。

あっという間だ、きっと。



何故だか知らないけれど、息が詰まった。妙に呼吸がしにくい。ロイはこちらを見ていた。

雨に紛れて、表情も見えない。

雨のせいで、声も聞こえない。

息が、できない。


息ができないまま目をそらした。

アル。と意味も無く弟に呼びかける。

「アル」

呟けば、それでようやく、呼吸が。

「アルフォンス君は?一緒じゃないのか」

「ッ・・・・!!」

突然の声にエドワードは思いっきり驚いて見上げようとし、勢いがつきすぎて滑った。

「おっと。危ないぞ」

それを軽々と支える腕の主は。

「・・・・・・・・・・・・・何してんの、アンタ」

やはり、ロイ・マスタングで。

「鋼のがこっちに来いと言ったんじゃないか」

人の悪そうな笑みを浮かべて。

「それで来るか、ふつー・・・。この大雨の中」

「何、電話ボックスに入る前にずいぶん濡れたので、そう変わらない。そういう君も派手に濡れているが」

「オレはいいんだよ。別にあんたみたいに無能になるわけでなし」

「言ってくれるじゃないか」

見上げた黒髪は、色を増してさらに黒く見えた。落ちる雫の勢いが凄い。

「あんたこそ・・・・中尉は?一緒じゃねーの?」

「捨てられてしまったんだ」

「やっとかよ」

真実をつかない返答に、やはり任務中なのだと理解する。言葉にできないわけでもあるのだろう。それならなおさら、こんなところにいてもいいものかと思うのだが。

「つーかいつまで触ってる」

「おや、これは失礼。ちょうど女性と相対する時のような位置にあったものでね」

エドの背中からぱっと手をどけて、ロイが笑う。むかっとしたが、助けてもらったので今回のみは不問にする。

「んで?」

「は?」

「は?じゃねーよ。オレに何か用があったんじゃねえの?わざわざこの雨の中」

「・・・・・・・・・・・・いや?」

「用も無いのになんでこっち来るんだよ」

ぼたぼたぼたと派手に落ちる水滴。この距離ですら、自然と大きくなる声。

「君が来いと言ったのでは?」

「それはこっちの台詞だっつーの」

電話ボックスの中から。

「いや、雨宿りが暇だったから」

「仕事しろよ・・・・・」

呆れてエドはため息をつく。スコールはまだやむ気配を見せない。油断した。帰ったら多分アルに怒られる。風邪を引くと言って。

「アルフォンス君は?」

思考を見抜かれたのかと一瞬驚いて、エドはロイを見る。だが、そんなわけは無い。先ほどの問いにまだ答えていなかっただけだ。

「アルは宿。手分けして調べ物してる最中だったから」

「そうか。・・・・首尾はどうだ?少しは手がかりが?」

「まだその手がかりの前段階ってとこだな。めぼしい噂はあらかた回っちまったし」 

「何せ伝説級のことだ。そう簡単にはいくまいさ」

「そりゃ、もちろんそうだろうけどな」

「急がば回れということばもある。・・・・・・・・・・・・どうした」

ぽかんと見上げたエドに、ロイが眉をひそめる。

「いや、あんたがまともなこと言うのって珍しいと思って」

「君は私を何だと思ってるんだね」

「何ってそりゃ・・・・・・・・・」

「・・・・・・・?」

「・・・・・・・・・・」

エドはふいにくちごもった。

言うべき軽口なら、いろいろあるはずなのに、口に出来ない自分に自分で戸惑う。

ロイの方も拍子抜けしたように、エドを見た。

「熱でもあるのかね、鋼の」

そう言って手の甲をエドの額に当てる。

「さっきもなんだか神妙な顔でいただろう」

それを慌てて払って、目をそらす。

「うっさい。何でもねぇよ」

「そうかね?」

「そう!!」

断言してエドはロイから距離を取る。雨に濡れないぎりぎりの位置まで。

そんなエドに笑いを漏らすロイから目をそらしたまま、雨を眺める。なんだかよく判らないが、顔が熱い。

ほんとうに風邪を引いたかもしれない。



アルが怒る。

―――――――――― もう、兄さんてば、雨の気配ぐらい察しなよ。 

だって早く帰りたくて。

―――――――――― こんなに濡れて。風邪引いちゃう。

急だったんだよ。凄い雨だったんだ。

―――――――――― スコールだもん、当たり前でしょ。ほら、お風呂お風呂。

うん、ごめん。

―――――――――― あのねぇ、兄さん?ボクがなんで怒ってるか判ってる?

うん。でも心配かけたから。

―――――――――― ほんとに仕方ないひとだなぁ。・・・・ねぇ、ボクほんとは怒ってないよ。

うん、知ってる。でもごめん。

―――――――――― 何謝ってるんだか。ほら、お風呂。風邪なんか引いたらその時は怒るからね!

アル。


・・・・・・アル。

――――――――― ん?

アル。


「アル」

あいしている。君を。だれより・・・・・なにより。

「心配しているだろうね」

「・・・・・・・・・・・・ああ」

声の聞こえるぎりぎりの距離を保ったまま、目もあわせずにエドは答える。

「君達はほんとうに仲がいいな」

「文句あるのかよ」

苦笑したロイに噛み付くように返すと、ロイは家の壁にもたれて、激しく落ちつづける雨だれを見上げる。

「まさか。・・・・・うらやましいのさ」

「うらやましい?」

聞き返してから、エドはしまったと思う。なんだか余計なことを聞き返した気がする。

「うらやましいさ。それ程に思える相手がい、また思ってもらえる相手がいる。滅多にあることじゃない。鋼のはアルフォンスを愛しているだろう」

「ああ」

「そう、そしてその事実を真正面から受け止められるということがね。うらやましい」

あいしている。あいしている。

鋼の右腕が雨にきしむ。

「あんたにも、いるだろ」

「・・・・・・・・・・・そう思うかい?」

「あんたは大事にされてる。愛されてるよ」

そうだね。と小さく。

「けれどね。私は二番目なんだよ」

エドは半分うつむいていた顔を上げた。ロイは降りしきる雨を見ていた。

離れた距離の分、ロイが大人の分、遠くに感じる横顔。

「・・・・・・・誰の?」

問い掛けると、気配を感じてか、ロイがこちらを向いて微笑む。

微笑んでごまかしてしまう気だ、とエドは思う。

「そうだな・・・・例えば君の」

右腕がきしむ。

「じ・・・・・冗談じゃない。大佐なんか・・・25番目だ」

「これはまた・・・微妙にリアルな数字をありがとう」

雨に濡れた手袋から水が滲む。

「まあ、そういうことだね。一番にはならないんだよ」

そこから雫がこぼれるほど握りしめた。知らぬ内に噛み締めていた奥歯が鳴る。

「人に、順番なんかつけてるからだよ」

「ふむ。鋼のにしてはいいことを言う」

「バカにすんな」

「・・・・・・・・・・鋼の」

笑っていたロイが不意に思いついたように呼びかけた。

「は?」

「君は25番目に私を愛しているのかね」

「・・・・・・・・・・・・・寝ぼけてるなら殴ってやろうか」

睨み上げると、ロイがさらに笑い出す。

「なんだ。つれないな」

「ほんとバカだろ、あんた」

吐いて捨てて、また雨に目を戻しかけたエドの生身の腕を。

「だけど私にとって鋼のは・・・・・・・」

いつのまにか真横に来ていたロイが掴んだ。

それと時を同じくして。

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

人の声も聞こえないほどに地面をたたいていた雨が。

「・・・・・・・・上がったようだ」


雲間からのひかり。

ひかりが溢れて、満ちてゆく。

掴まれている腕に、エドには言葉を繋げなくなる。

ロイを見ることも。

軒先から垂れる雫がその勢いを弱めて、みずたまりに跳ねて小さく音を立てる。

握りしめた手が、鋼で良かったと思う。どれほど握りしめても痛くない。

「冷えているね。急いで帰りなさい。風邪を引く」

手が離れていく。そっと。

「・・・・・・・あんたは?」

「私も帰ろう」

エドが小さく呟いた言葉を、ロイが聞き取ったかどうかは判らなかった。エドは青空の映り始めたみずたまりに一歩踏み出す。

遠くから。

「・・・・・・アル」

がしゃがしゃと、鎧の鳴る音。


「兄さーん!えっ!あれ?大佐!?」

隣にいるロイに気付いて、まだ遠くの位置から驚きの声を上げる弟の。

「君の耳はどうなってるんだ。アルフォンス君の目も」

姿に手を振り返して、同じく驚きの声を上げるロイには答えずに。

「アル!」

「お迎えが来たなら、私はお役ごめんだな。・・・・ではまた司令部で」

そう言ってさっさと歩き出したロイを見ずに。

「ああ」

それだけを言って、エドはアルに向かって走り出した。

「兄さん、今の大佐だよね。・・・・・・ってああ!もうやっぱりびしゃびしゃになってる!」

「うん・・・・・・・ごめん」

「もう!スコールがあるから気をつけてって言ったじゃない!」

「ごめん」

「帰るよ!宿の人にお風呂用意してもらってるから!」

用意万端の弟を見上げて、エドはわたわたと自分を心配する弟の鎧の指をつかむ。

「ごめん、アル」

「何謝ってんの?別にそんなに怒ってないよ」

不思議そうに首を傾げたアルに頬を寄せて、ぴたりとくっつく。

「どうしたの?どこか痛い?まさかもう風邪引いたとかいう?」

「違う」

「そう?それならいいけど。大佐もすごく濡れてたんじゃない?それであんなに急いで帰ったんでしょ」

「知るか。あんな嘘つき」

「またケンカ〜?」

ちがう。とエドはまた繰り返す。ロイが帰った訳が無い。ひとりのはずも無い。自分に・・・・・。

「そういえば、大佐ひとりだったの?」

「知らん、あんなやつ」

ヒトに、順番をつけたりして。

「やっぱりケンカしてるんじゃない」

呆れたように言ったアルの指をつかんだまま、歩き出す。

「アル」

「なあに」

「熱い」

「えっ、やっぱり熱!?」

慌てたアルがエドを担ぐ。

「舌かまないでね!」

がしゃがしゃと音を立てて走り出した弟に頬を寄せた。

熱い。

つかまれた生身の腕が。





熱い。









今なら何でも書ける気がするので、そんな時にロイエドを書かなくてどうするよ!と思って書いてみた(笑)
一部ロイエドを書いている六畳への応援の意味もこめ(笑)
あたしの中でロイロイはどうもお笑い担当の気があるので(オイ) 無駄にカッコいいアニメロイロイを目指してみました。
アニメのロイロイはセンチメンタリストなので、恋かもしれないお題にはぴったりかなーと。そしたら兄さんも案外ロイロイを好きな感じに仕上がったからちょっと満足。
でも恋かもしれないだけどね!(笑)
04.12.1 礼