>> それでも





どうしてかなあ、と弟が呟いた。真夜中のベッドで。

「なにが」

オレをしっかり抱き込んでいた腕から離れて枕に戻って目線を合わすと、アルは嬉しそうに目を細めた。

何だか知らないけどアルはオレの顔が好きだ。オレもアルの顔は好きだけど、何かこう、やたらと褒めちぎられることが多い。

オレはどっちかっていうと、「アルの顔」だから、アルの顔が好きなんだけど、アルはふつうにオレの顔が好みらしい。

じゃあオレの顔が何かあって変わったらお前オレの顔好きじゃなくなるのかって聞いたら、それはないよと即答していたけど、オレはかなり疑っている。

「起きてたの?」

言いながら、どこをどうしてそんな風に育ったのか判らない、ありえない気軽さでオレの目のところにキスをする。

いや、オレだってそういうのをしなくもないけど、コイツのこういうキスは本当に挨拶程度にいつでもどこでも為されるので(しかもオレにだけ)、さすがに周りの目が不審げなのが気になる。

「起きてた。それより答えろ」

「ん?」

「なにが、どうしてなんだ?」

重ねて聞いたオレに答えずにアルはくちびるを合わせてきた。軽くくちびるを挟んで、それだけで離れてゆく。

「なんでこうせずにはいられないんだろうなぁ、って」

「・・・・・・・・・・・・・・・兄ちゃんにも判るように言いなさい。アルフォンス君」

「ボクさ、すごく幸せなんだよ」

そう言ってアルは本当に幸せそうに笑った。

「ボクと兄さんは兄弟じゃない?」

「おう」

「兄さんと兄弟で良かったなあ、嬉しいなあ、幸せだなあって思うことはたくさんあるけど、兄さんと兄弟じゃない方が良かったって思ったことって一度も無いんだよね」

オレの髪をやわらかに梳きながら言うアルは穏やかで、疑いたくはないんだが。

「ほんとに?」

「ほんとだよ。どんなにひどい喧嘩した時も、それは思ったことがない。・・・・・・・・・・・そりゃどうだったかなって考えたことはあるよ。兄弟じゃなかったらどうなってたかなって。でも、想像つかないんだ。兄さんと一緒にいないボクが」

そう言われると胸が痛む。だってそれは、今まで片時も離れずに一緒にいたからじゃないのか。オレが、アルから兄離れする機会を奪ったから。

「あ、今何か不穏なこと考えたでしょ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「ボクは兄さんと一緒にいたくて一緒にいるよ。それを疑うのはボクに失礼だから止めてくれる?」

アルはオレを抱き寄せる。すると条件反射的にそうしやすいように動いてしまうオレに最早兄の威厳などかけらもないような気がする。

「兄さんと一緒にいないことを想像すらできないくらい兄さんと兄弟でいたいボクは、どうしてあなたを抱き寄せてしまうんだろうね」

アルは鼻先をオレの髪に埋めたまま喋る。耳に息が当たってこそばゆい。

「本当は兄弟の『好き』だけでもいっぱいいっぱいのはずなのになあ」

いっぱいいっぱいってそれはこっちの台詞だっつーの。

そう思うオレをアルフォンスはきつく抱きしめてくる。その力強さや熱や今日の太陽のにおいと混じったアルのにおいと。その全部にいっぱいいっぱいになってるのはオレの方だと思うのに。

「そんなの男だからに決まって・・・・・・」

「それは却下。だってボク鎧だったんだよ」

そう言われるとオレには返す言葉がない。

「感じたいと思うのは嘘じゃないけど、それだけじゃないんだよね。感じなくたってボクは兄さんに触れたい」

「兄弟じゃ満足出来てないってことじゃないのか」

「それはないよ!」

「じゃあお前、オレがオレら兄弟なんだからもう嫌だ触るなって言ったら触らないのか」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う」

「アル?」

「想像したら泣けてきた・・・・・・・・・・・・・・」

何を想像したのかぎゅうぎゅうと抱きしめてくるアルは、オレを離すまいとする子供みたいだ。

「おまえなあ、有得ないことで泣くなよ」

「うん・・・・・・・・・・・」

「言う訳ないだろ」

「うん」

うん、とオレの首元で頷くアルをオレも抱きしめてやると、アルが小さく言った。

「でも兄さんが嫌だったら我慢するよ」

「何言ってんだ」

「兄さんに触れられなくても、それでも兄弟だもんね、ボクら」

「違うぞ。オレらは兄弟で、だからお前はオレにいくらでも触っていいんだ。オレが嫌がってもお前はオレに触っていい」

「なにそれ。兄さんは嫌でも我慢するっていうこと?」

「まあ、率直に言えばそういうことだ。オレはお前の兄ちゃんなんだから、それくらい当たり前だ」

そういうとアルは黙りこんで、きつく抱きしめていた腕をゆるめた。これを言えば絶対そうすると思ったから、オレはアルがさっきまでしていたように引き寄せて抱きしめる。力の限り。

「ちょ・・・・・・兄さん、いた、痛い。右腕!」

「うるさい。お前はオレの弟なんだから我慢しろ」

「うあっ、ハイっ!」

断言すると、アルフォンスは、そっかーそれでいいのかーと納得したようだった。オレの弟は素直で可愛い。

「お前自分のこと中心に考えすぎ」

「兄さんにだけは言われたくないよ」

訂正。オレの弟は激しく生意気。

「お前は自分の方が好きな気持ちが大きいと思ってると思うけど、それは絶対に違うからな」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「どう考えてもオレの方が好きだぞ」

オレの言葉にアルはようやくオレの背中にもう一度手を回した。

「何か今回ばかりは反論出来ないなあ」

「納得したんだったらもう寝ろ。何時だと思ってんだ」

「うん・・・・・・・・・・」

アルは悄然と頷いて、にいさん、とちいさく呟いた。

「嫌じゃないよね」

「だから有得ねーって・・・・・・ったく、だから言うの嫌なんだよ、お前は」

「兄さん、好き」

「ハイハイ。オレも好きだよ。・・・・・・・・・・・オレら、兄弟なんだから、何だっていいだろ。そこだけは絶対に変わらないんだから」

「兄さんのそういう適当に前向きなとこも好き」

「明日覚えてろよ」

「えっ誉めてるのに!」

「うるさい。早く寝ろ」

オレは無理やりアルの頭を腕枕して、ぎゅうと抱きしめた。


いつかお前が自分で言ったくせに。

兄さんの弟でなくなるのがいちばん嫌だ。って。

お前のその言葉のために、オレは何があってもお前の兄ちゃんで居つづける。

それを疑うのはオレに失礼だぞ。

何があったって、オレたちはそれでも、兄弟なんだから。








生身を得てもいちゃラブ兄弟。03の「たとえば」の後の話になっています。
アルは自分が兄さんを好きすぎて気付いてないけど、兄さんだってちゃんとアルに甘えてます。

 05.10.28 礼