>> 初恋
初恋は、と聞かれれば、当然あの幼馴染み(たち)を指す。
「ちょっとー、やっと帰って来たと思ったら何なのよ。今度はふたりしていちゃいちゃいちゃいちゃ」
お昼ご飯の用意を手伝わせようと探していたら、幼馴染みたちは庭で小さい子供たちのように転がって遊んでいた。
当然十代も後半の男どもがじゃれあってても微笑ましいことなんてどこにもない。(二人とも見目がいいのと片方がやたら小さいのだけが救いだ)
「いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ」
「ウィンリィ、息が切れるよ」
「あっ止めんなよ、バカ。せっかく見ものだったのに」
「エードー!」
「ぎゃあ!なんでオレだけ・・・・!」
このバカたちは気付けばご近所さんとしてあたしの傍にいて、気付けばあたしの傍からいなくなっていた。
考えてみれば、三人で過ごした時間はそう長くない。
まともに記憶の残っていない3歳までを除いて、こいつらがイズミさんのところに修行に出てた1年も除いて。
そうしてしまえばこいつらが旅に出た13までたった9年。しかも最後の2年はいろいろあってそれどころじゃなかった。
旅に出てからは4年・・・5年か。
そりゃあ偶には帰ってもきたけど、それも年に数えるくらい。ここに帰ってきてる時はともかく、外で会うときのエドの瞳なんか、洒落にならないくらいギラギラしていて、雰囲気も研ぎ澄ましたナイフみたいで。そのくせどこか危なっかしくて。
アルは雰囲気だけは変わらなかったけど、どれほど辛くてもそれをあたしに見せるような奴じゃない。良くも悪くもアルはフェミニストだから、女のあたしに弱さをみせたりしないけど、それでも鎧の体で、辛くない訳が無かった。
そうさせたのはある出来事だったけれど、旅がそれを増長して。
あたしたちはいつの間にか相容れないものになった。
昔は確かに共通の持ち物だったはずの秘密の基地や約束が、ただの思い出になってしまうこと。
それは誰もが通る道だ。ゆっくりと時間をかけて。幼い恋心も一緒に昇華していくはずだった。思い出になるのか、本当に恋愛になるのか、それは判らないにしても。
だけどエドたちはそんな悠長な道を選んでられなかった。ふたりは急に大人になった。・・・・ならざるをえなくなった。
そしてあたしは置いていかれた。あたしがふたりの旅についていけなかったように。
あたしは大人になりそこねた。
一緒に大人になるはずの道しるべをなくして。先に大人になられてしまったことに、戸惑ったまま。
言い訳するつもりは無いけれど、エドたちを見失ったからって、はいそうですかと他の子たちを見るには、あたしはふたりが大事すぎた。
たかが9年。されど、9年。一緒に大人になるには、長すぎて、短すぎた年月。
あたしは、とても中途半端だった。
「見てないで助けろアル!」
「ふふ、何だか昔に戻ったみたいだね」
「アルー」
「はいはい」
首根っこ捕まえてスパナを振り上げたあたしから、アルがエドを引き寄せた。
「ごめんね、ウィンリィ。今回は勘弁してあげて」
アルは元のからだに戻って急に背が伸びた。手近な所で手を打っていた女の子たちがみんな悔しそうな顔をするくらいにかっこよくなった。
やさしい笑顔や言葉遣いは昔とちっとも変わらないから尚更。
一方の兄貴の方は多少は背も伸びたものの、子供サイズというか女の子サイズというか。それでも誰しもの目を引く華やかさと、端正な顔の造りには、あたしでも時にはっとさせられる。
ふたりとも。
三人で手を繋いで歩いていた頃を越えて。
あたしの手のとどかないところに。
「何言ってんのよ勘弁する訳ないでしょう!」
がつ、がつ、とふたりとも順番に殴って、あたしが目を吊り上げても、ふたりは痛いと言いながら笑っている。何だかもう、嬉しくて仕方が無いといった感じだ。
「勝手にやってなさい」
付き合ってられないわ、と溜息をついて家に戻ろうとしたら、両側から手を取られてあたしは体勢を崩した。あっと思う間もなく背中から落ちたのを、ふたりが受け止める。
「何するのよ危ないじゃない!」
ひっくり返った上からバカ兄弟がにこにこと見下ろした。なんなのよ、もう。
判る。
判るわよ?長年の夢が叶って嬉しくて仕方なくて、浮かれてんだってことは。
ついこの間まで、ふたりはベッドから動けない状態で、エドが起きだせるようになってからも、アルはずっと眠ったままで。そんな状態から脱せて、念願叶ってふたりで、故郷で暮らせるんだもの。
今までみたいな辛い思いをせずにすむんだから、あたしだって嬉しいわよ。浮かれるわよ。
でもね!
「あ、アルこんなとこに傷・・・・」
「え?あ、ほんとだ触られると痛い」
「痛い?手当てしなくちゃ・・・なんで・・・」
「兄さん!だいじょうぶだよ。たいした傷じゃないんだから。あとでちゃんと消毒してもらうから」
首の裏側の小さな傷も見逃せずに慌てて腰を上げかけたエドが、アルに止められる。
「でも・・・・」
「にーいさーん。心配してくれるのは嬉しいけど、過保護はダメって昨日話したとこでしょ」
「でも」
「鎧と違う、人には自分で治る力があるんだから、それを奪うのは良くないことだって兄さんもわかってるでしょ」
「うん・・・・」
説得されて、それでも少し不安げな顔で姿勢を戻す。そんなエドにくすりとアルが笑った。
「でもありがとう。兄さんが心配してくれるのはすごく嬉しい」
そう言うと当たり前のようにエドの額にくちびるを落とす。
「アル・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
判るのよ。このふたりが浮かれてるんだってことも、今まで出来なかった(してたように見えたけど)スキンシップを楽しんでるんだってことも。
判るけどでもね!
「いちゃいちゃするならあたしを引き止めんじゃなーい!!」
あたしは叫んで勢いよく跳ね起きた。あたしの顔の上でいちゃいちゃしていたふたりは顎に頭突きをくらって言葉も無く痛がっている。ちなみにあたしもちょっと痛い。
「ヒドイよウィンリィ・・・・」
「いってぇ・・・。覚えてろよこの石頭」
「アンタたちふたりがいちゃいちゃするのは勝手だけど、何であたしがそれを見物しなきゃいけないのよ!」
あたしが言った言葉に、アルがきょとんとした顔で首を傾げた。
「どうして見物?ウィンリィも混じってよ」
「はぁ!?」
あたしがアルの頭の中身を疑った瞬間、ひどく暖かい腕が伸びてきて、背中に回った。
「わー、柔らかい」
そこであたしの顔が、真っ赤になったとしても、誰にも何も言われる筋合い無いと思う。
悪いけどこの年までまともに男の子に抱きしめられたことなんてなかったのよ。仕方ないじゃない。男の子より機械鎧の方が魅力的だったんだもの。
「アルっ」
そこにエドの声が割り込んできて、怒るんだろうと思いきや、半分あたしに覆い被さるようにエドがあたしごとアルを抱きしめてくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
何なのこの状況・・・・・・・。
あたしは途方にくれてしまって、ほとんどされるがまま、ばっちゃんに昼メシはどうしたんだいと怒られるまで、そこから離れられなかった。
幼い頃あたしたちは。
お互いを好きだというのが当たり前で。一緒にいるのも当たり前で。
だから突然置いていかれた時、それを認めたくなかったの。
あたしにとっては幸いなことに、エドは機械鎧の調整を必ずあたしにさせたし、ふたりが帰ってくる場所はウチだったから、ふたりの旅に関わることで、あたしは置いていかれたりしてないって、思いたかった。
でもふたりは会うたびに、どんどん成長して、どんどんかっこよくなって。
あたしも、それなりに成長してしまって。
無邪気に好きだと言える季節は過ぎ去ってしまった。
気付いてみれば、ふたりにはふたりの世界が出来て、あたしは大人になりきれないまま、あの頃の思いを抱えたまま。
初恋を、抱えたまま。
もうひとつ、大人になるまで。丸ごと飲み込んでしまえるまで、もうどうしようも無いと思っていた。
「もー、兄さんってばもうちょっと大人しく食べられないのー?」
「はっへほれふまひっへ」
「それは判るけど、ああ!ほら、こんな飛ばして!」
「・・・・・・・・・・・・・・」
何が判るんだかさっぱり判らないあたしを前に、この兄弟はやっぱり変だ。
まるで。
「ウィンリィからも何か言ってやってよ!」
「ひわはくへいいほ」
もう一度、何もかも初めから。
「ふ・・・・・・・・・ウィンリィ?」
「ウィンリィ、どうしたの?」
始めるように。
「何でもないわよっ。アンタたちがバカ過ぎて勝手に出てくるのよっ。ああもう食べなきゃやってらんないわ」
突然泣きながらバカ食いを始めたあたしを、ふたりがきょとんとしながら見て、ばっちゃんが呆れたようにパイプの煙を吐いた。
失われた季節をもう一度始めるの。
遅すぎるなんて本当は無いんだってあたしも知ってる。
あたしたち三人で、もう一度歩きはじめるの。
いつかした約束を、今度こそ叶えよう。
「ウィンリィが壊れた」
「壊れたね、兄さん。・・・・あ、ボクもちょっと泣けてきた」
「え・・・・・・・・・」
「もらい泣きってやつ?人の反射ってすごいねえ」
「反射の問だ、うわ、アル!」
「と、止まんないよ兄さん」
「泣くなアル!」
「でも止まんない・・・・・・・兄さん・・・・・」
「アルー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・んっとに、アンタたちは・・・・・・・・」
たとえひたすら負けた気分になるとしても。
「躯を失くした天使」の三人(笑) これは拍手二回分に分けたのでちょっと長め。幼馴染みってのはいいもんですよねえ。
05.10.28 礼