>> たとえばの話





例えばさ。

「例えばさ、ボクたちが兄弟じゃなかったら、今頃どうなっていたかな」

「・・・・お前なんつー不毛な質問をオレに寄越す」

薄く月明かりが差し込む中、うとうとと眠りかけていた兄をわざわざ起こすまでもない質問だとは判っていた。

でも、ボクたちが。

「だって思っちゃったんだもん」

ボクたちが兄弟じゃなかったら、「今」は絶対になかった。

「そんなことは有得ない。その仮定は無意味だ。その質問は無駄だ。無益だ。無意義だ。無」

「判ったってば、もう。そんなにずらずら並べ立てなくたって」

眠そうな割に勢いのいい(もしかしたらそれこそ無意識かもしれないけれど)兄の言葉を遮って、ボクは溜息をついた。



もし母さんがボクらの母さんでなければ、ボクたちはきっとあんなことをしなかった。

ボクたちは兄弟だったから、兄弟の常として、お互い競い合って、錬金術にも夢中になって。

ボクたちは兄弟だったから、お互いがいれば、どんなことも叶うような気がしていた。

例えばボクたちが兄弟ではなく、幼馴染みだったら。

「なあ、アル」

言うことだけ言ってしまってもう寝てしまったのかと思っていた兄は、まだ起きていてちいさな声で話し掛けてきた。

「お前の言いたいこと、ほんとは判る気がするけど、オレはお前の兄ちゃんじゃなくなるの、嫌だな」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「オレ、酷いこと言ってるか」

「ううん。酷いこと言ったのはボクの方だと思う。ごめんね」

「謝るくらいなら言うんじゃねえ」

「うん、ごめんね」

「アールー」

謝りつづけるボクに彼はがばっと起き上がって、被っていた毛布をボクに投げつけた。

「イタイ」

「嘘つけ」

次いで枕を投げて、その後自分が飛び込んできた。

「罰としておまえは今日、オレのベッド」

言ってさっさと毛布にくるまってしまう。

「ふつう兄は弟をベッドにしたりしないんじゃないの」

「罰だからいいの」

「体、痛くなるよ」

「・・・・・・・いいの」

兄が飲み込んだ言葉を、ボクだって判ったような気がしたけど、彼が寝やすい位置を探してもぞもぞ動くのを手伝ったりしていたので、言えなかった。

でも。

「兄さん」

「・・・・・・・・・・・」

「ボクも兄さんの弟じゃなくなることが、何より一番嫌だな」

「・・・・・・・・・・」

兄は答えない。寝ているとも思えないけど、答えない。

「おやすみ、兄さん」

例えばボクたちが兄弟じゃなかったら、ボクたちはそれなりに幸せだと思っていたかもしれないけれど。

それでもきっと今ほどは幸せじゃなかった。

兄弟として出会えたボクらは呆れるほど幸せ。

口に出して言ったりはしない、なんて密やかな真実。


月明かりが落ちる。

たとえばの話。

ボクがあなたをいちばん好きだよ。世界でいちばん。って言ったら、あなたはどうするのかな。

呆れる?怒る?それとも笑う?

それでもボクはあなたの弟なのだから、きっと幸せだろうけど。










拍手だったので大変短いですね。ラブラブでも兄弟であることに固執するふたり。

05.10.26 礼