パラレルですよ。ミュンヘンエドとミュンヘンアルの出会い捏造話ですよ。苦手な方はブラウザバック!
































 

泣くのだと、思った。・・・・・・・・・あのひとは。





 

 

>> 雑踏のなかで

 






ボクが彼に初めて出会ったのは、冬の気配の濃い、ある日の昼下がりのことだった。

街には何年も前から絶えることのない戦争の匂いがつきまとい、母の疲れた顔つきが更に生活を暗く彩った。

その中に。


「いらっしゃいませー」

ドアベルがからりと鳴って、ボクは条件反射的に顔を上げる。

店を手伝うようになって、半年ほど。上の学校にも行ってみたかったけど、時代がそれを許さなかった。

学校へ行ったところで軍人にさせられるのがオチだ。母ひとり子ひとりの家庭で、子供を軍にとられてしまえば、母はひとりになってしまう。

ボクは軍には入りたくない。

労働党が最近騒がしいのが恐ろしい。国連は異常な賠償を請求してきてマルクの価値は無いにひとしい。誰もが先の見えないこの国を、目をつぶってやり過ごすように暮らしていた。

また。

大きな戦争がはじまるんじゃないかと。

「服の直しを頼みたいんだけど」

そう言いながら入ってきた人は、持っていた鞄から直す服を出しながらカウンターに近づいてきた。

せっかく綺麗な顔立ちをしているのに、オジサンみたいな地味で、ぶかぶかの服。金の長い髪も、乱雑に結んであるだけで。

「お直しですか?」

ボクが問い掛けた言葉にその人ははっとしたように顔を上げた。ボクを直視した途端、凍りついたようにその人は動かなくなる。

「・・・・・・・・・・・?」

小柄な人だった。

真正面から見返せば、本当に整った顔をしている。年のころは同じか、下くらいだろうか。ボクより幾分背が低い。

「あの?」

声をかけたら、その人はびくりとしてボクから目をそらす。金の髪に金の目。金の髪は珍しくないけど、ボク以外で金の目の人なんてはじめて見た。

しかもボクのよりひかりを跳ね返すようなきらきらの金色。

「持ち込みの服はズボンですか?シャツですか?」

尋ねると、再度金色の瞳がボクを捉えた。それだけで息をのむような緊張感が伝わってきて、ボクは戸惑う。

「・・・・・・・・両方、なんだ」

けれど、押し殺すような声が、答えて。

「お預かりします。サイズの確認をさせてください」

彼は無言で手の中の服を差し出した。そうされて初めてその手が義手であることに気付いた。

戦地から流れてきたのかもしれない。・・・・・軍人だと思わなかったのは、彼が若すぎたせいだ。先の戦争が終ったのは三年ほど前だから、いくら何でも軍人だということはないだろう。

戦後も立ち直れず、鬱々とした暮らしの中で、一部の人間だけががなり倒している。ボクら庶民はもうどこを見ていいのか判らない。

店のカウンターに立って、行き来する人の波を見ていても、誰もが襟を立てて、足早に過ぎていくのみで。

全てが色あせて見えた。なにもかも。

それなのに、どうしてこの人の瞳は、こんなにも強く。

「ご自身のですか?よろしければ体のサイズを測らせて頂いても?」

彼が持ってきた服を広げてみる。やはり壮年の紳士ものだった。父親か、誰かの服なのかも知れないと思った。

「いや・・・・適当で、構わないから・・・・・・」

「そうですか。ええと先に賃金を頂くことになってるんですが」

「ああ、幾ら?」

「両方で20000マルクです。・・・・・・・ひどいインフレですね」

戦争で物資がどんどん取られて、物が全然無い。マルクの貨幣価値は無いもどうぜんだったから外から物が入ってこない。

それで安く買い上げた古着を着るのが普通になっているから、仕立てがうちの店の本来の仕事ではあるけれど、最近はそんな仕事ほとんど来ない。直しの仕事すらあまり無いのが通常だった。

ボクの言葉には答えず、その人が財布を探る。紙幣を渡してくる手がひどく震えていた。

「たしかに」

受け取り際笑うと、彼の顔がまるでありえないものを見たときのように歪んだ。

触れる手の震えがひどい。具合でも悪いのかと見返すと、乱暴に手を引っ込められた。

「で、きあがりは?」

「あさってには」

絞り出すような声だった。それだけを聞くと逃げるように身を翻す。その足も義足だということにその時ボクは気付かされた。

 




「いらっしゃいませ・・・・・ああ、こんばんは」

ドアを開いて彼は、立ち尽くすようにしてボクを見た。

今日はからりとドアベルが鳴るのを聞く度に、彼が姿をあらわすのを待ち焦がれていたような気がする。

そうやって声をかけられることに驚いたのか、ドアを閉めることも忘れて立ちつくす彼に、ボクは心のままに声をかける。

「寒くないですか?中に入ってストーブにあたってください」

「あ、ああ、悪い」

彼は謝ってドアの脇に寄る。

まるでボクを恐れるように近づいてこない。視線もあわない。

「すみません、もうすぐ出来るんで、少しだけ待っていてもらえますか?」

「あ・・・・・・ああ」

ボクは嘘をついた。出来てないなんて嘘だ。でも、彼とどうしても喋ってみたくて。

「今夜は冷えますね。ごめんなさい、仕上がりが遅れて」

「いや、いいんだ」

声が震えている。

「寒いでしょう。すぐ終わるので、どうぞストーブに」

もう少し近くで顔を見たいせいもあったけれど、この寒さは義肢にこたえるのではないかと思った。

「・・・・・・・・・うん」

ボクは嘘をついた手前、はぎれを手に取った。

彼はゆっくりとストーブのそばに寄ってきて、ボクを見た。視線を向けていなくてもはっきりと判るほどに見ていた。

昨日も、射抜かれるかと思うほどだった。

その金の瞳に。


視線には質量があるんじゃないだろうか。

ボクは我慢できずに顔を上げる。

「・・・・・・・・・・あの」

「うわっ・・は、はいッ」

「ボクの顔、なにか変ですか」

そうやって、二日ぶりに間近で見た彼の顔は、どの瞬間よりも、自然で、綺麗だった。

たぶんボクが視線を向けなかったから、安心して見ていられたんだろう。

「へへへんじゃないですッ」

だけどボクが意識を向けた途端、固まってしまう彼の顔。

「じゃあ、ボクどこか変ですか?」

問い掛けると彼は胸をつかれたような顔をした。

「ごめん・・・・じろじろ見て・・・・・あの変とかじゃなくて・・・・知り合いに、似てたから」

そして彼はうつむいてしまう。ああ、うつむかせたいんじゃないのに。

「そうですか。それならいいんです。幾らでも見て下さい」

そう言った途端ばっと彼の顔があがる。・・・・・・・・・素直、というか正直者だなー・・・・・。

そう思いながら多少落胆の気分は隠せない。

そんなふうに。

「ボク、アルフォンスと言います」

そう言った途端、彼の顔が、痛いような顔になる。

「アル・・・・・・」

「はい。そう呼ぶ人もいます」

泣き出した方が、楽なんじゃないかと思うような顔。

「貴方の名前は?」

「エドワード・・・・・・」

イギリス系の発音だなと思う。

「エドワード・・・・いい名前ですね。・・・・・・あの、そんなに見たいんなら、もっと近くに来られたら如何ですか?」

食い入るような視線に呼び寄せると、彼はよろりとカウンターに一歩近づいた。

「アル」

小さく。そんなふうに。

そんなふうに求めて呼ばれたことも、そんなふうにすがるように見られたことも、ボクはなくて。

彼が呼んでいるのは、見ているのは、ボクではなくて、ボクに似た誰かなのに。

そんなふうに。

求められて、手を伸ばさない人間がいるだろうか。

出来上がった襟巻きを彼の首にそっとかける。

彼の髪はひどく冷たかった。

だけど、頬は。

あたたかくやわらかい。

彼の顔立ちは本当に整っていたから、人形のような陶磁のような手触りを想像していた。

長い前髪に隠された金色の瞳は蜂蜜のような艶を持っているのに、小ぶりの鼻が多少上向きなのが可愛らしく微笑ましい。

そこについてくる、すがるような視線は。頬を寄せれば、そっと伏せられるような気すらしていたけれど。

「エド、と、呼んでも?」

そう口にした瞬間、はっとしたように彼がボクの手から逃れる。

「・・・・・・・・・・・・・好きに、呼んでくれ・・・・・・」

ボクは、何か失敗したらしかった。

一瞬だけ触れたぬくもりが、右手に残って、痺れるようだった。


「これ・・・・・・・」

カウンターから離れてしまった彼が、首もとの襟巻きに白い手袋の指先をはわせる。

「はぎれで作った襟巻きです。寒いので。良かったら使ってください」

ボクは直しの出来上がっている服を彼に渡す。

「どうぞ」

カウンターに載せて差し出したそれを、再び近づいて手に取ってくれるのを待っていた。

彼は無言でそれを取った。その手をつかみたい衝動が湧いたけど。理性がそれを拒んだ。

「ありがとう。使わせてもらうよ」

ボクと目を合わせず、彼は闇色の街に出て行った。

どうしようもない息がもれた。

彼が出て行って初めて、ボクは今日初めて息をしたような気になっていた。

立っていられなくて、カウンターのこちらがわにしゃがみこんで、彼の感触の残る右手を握り締めた。

目の裏にちらつく、華やかな金。

どうして。

まるでこれでは。




まるで、恋みたいじゃないか。




そう思ったとたん、いても立ってもいられなくて、ボクは立ち上がると街の雑踏へ飛び出した。

今を逃したら、もう二度と会えない気がして。

この雑踏の中に、どれほど埋没していたって、ボクは彼を見つけられると思った。

この色のない世界で、彼だけは。色づいて見えたから。

でも。

左を向いても、右を向いても。

既に彼の姿は見当たらなくて。

あの人の、戸惑うような表情も。

あの人の艶やかな金色も。

あの人の細い指先も。

あのひとの。







たとえば。

もう二度と会うことが無くても。

ボクは彼を忘れないと思う。

あの射抜くような金の瞳。

あの、

泣き出してしまいそうな表情。

あのひとの。

『アル』と呼んだ、・・・・・・・・・切望するような声を。







先日のイベントのあと、ゴハンを食べながら、六畳とふたり、エドは扉の向うででミュンヘンアルに会ったらどうなるかと話していたのですが。
・・・・・・どーう考えてもハッピーにならず(当たり前だ)。兄さん可哀想、兄さん可哀想と連呼していました(はた迷惑)。
誰もが一度は考える、ミュンヘンアルとの遭遇話。あんまり可哀想にしたくなかったので、アル視点にしてしまいましたが、やっぱり可哀想ですね(笑)
兄さんやアルを可哀想に仕立てあげようとしたら、もう際限なくやれてしまうので、個人的にはあんまりやりたくないですが、恋かも、というお題の上でならどうにかなるかと思って。
このあとの2人は当然再会して、兄さんは可哀想だしアルも可哀想になると思います。書きたくない(笑)
ちなみに兄さんの服はパパの服と思うのですよね。趣味悪いし(え)・・・っていうかでかいし。時代背景はちょっとだけ調べただけですので、あんまり信じないでもらえると(苦笑)。
問題は、兄さんの義肢がどういう性能なのか、ですよねー。あんまり良く無さそうだけど、最終回で右手上がってたし、微妙なとこだ。

05.1.17 礼