言葉の先に、あなたへの思いがどうして乗ってゆかないのだろう。
感覚も体温も、何もないボクの、唯一の表現手段。
伝わればいい、何もかも。
でも、伝われば、あなたは悲しい顔をするんだろうか。
>> 魔法のことば
「アルー」
「あっ!兄さん、また頭びしょぬれで!」
お風呂を上がった兄さんは全く自分のことに頓着しない。
伸びた髪から落ちる雫で寝間着が濡れるのも構わない。首のとこにひっかかってるだけのタオルをとりあげて頭にかぶせる。
「ちゃんと拭かないと風邪引くよ!」
「そんなやわじゃねー」
「だめッ!」
わしわしわしっと拭いてやりたいけど、それじゃ痛んじゃうから、できるだけ優しく。
「アル!アル!押さえるな!縮む!」
「縮まないよ!ちょっとだから我慢して!」
おおざっぱに水分さえ取ってしまえば、急ぐことはない。
膝をついて、タオルを被せ直す。
「タオル冷たくない?代えようか?」
「いいって」
真正面からにかっと笑う兄さんに、頷く。
「ちゃんと耳の後ろも洗った?」
「おーい、オレは子供じゃねーぞー
「・・・だっていっつも烏の行水じゃない」
丁寧に髪の毛を拭いてる時は兄さんは少しおとなしい。
そういや、髪を編んでる時もおとなしいかな。
暴れられたら編めないから当然だけど。
「これでいいかな」
水を含んでいつもより少し色味を増した金。
「伸びたねぇ」
クシですいたらまだ少し水分が落ちた。やっぱりタオルを代えた方が良かったかも。
「そだな」
短かった髪をどうして伸ばし始めたのか、ボクは知らない。
知らないけど、兄さんの髪は好きだ。ひっかかることなく、まっすぐ落ちてゆく。
「短い方が楽じゃない?」
「・・・そだな」
兄さんは指で髪を一房取ってそれを眺める。
「そうなんだけどさ」
何かを思う目をして。
「願でもかけてるの?」
そういうと目を丸くした。
「そんなんじゃ・・・ま、でも似たようなもんかな」
「え、何何?」
「ダメ。教えない」
え、ほんとに願かけなんだ?
にやりと笑った兄さんに、思わず目を止めると、兄さんは途端に目を和ませた。
「願っていうほどでもないよ」
「うわ、すっごく気になるんだけど」
兄さんは笑ったままボクの肩のあたりをパンパンたたいて、元に戻ったら教えてやるよ、なんて嬉しいのか嬉しくないのか判らない約束をくれた。
「じゃあ、ずっと切らないの?」
「別にそんな長くなくていいから邪魔になったら切るけどな」
短くはしない?
「昔みたいにはな」
「ふーん」
前髪の一筋だけ飛び出してるのを、引っ張ったら少し悲しくなる。
ボクが人の手を持ってたころから、兄さんの前髪ってこうで、喧嘩したらよく引っ張りもしたけど、実際のとこ、ボクは兄さんの髪の手触りが大好きで。
用もないのに触れては邪魔にされたりするんだ。
でも今は。その感触は感じられない。
鉄の指先からすべり落ちていく髪が判らずに。
「なんだよ、拗ねんなよ」
兄さんがちょっと慌てる。兄さんは鎧のボクの変化にひどく敏感だ。見た目で、判るわけないから、的はずれなことも多いんだけど。
「拗ねてないよ」
だから、この想いが何故伝わってしまわないのか、ボクは時々不安になる。
ボクの言葉は、ボクの感情を、ちゃんと伝えてくれてるのかって。
「じゃあなんでそんな顔すんだよ?」
鎧になっても、極めて人間らしい扱いにこだわる兄さんは、たまにこんな表現をして。
そして、言葉と同じ位には的を射たことを言うから。
いつでも。
ボクは。
「ホントに拗ねてるんじゃないよ。・・・兄さんの髪の感触、思い出してただけ」
「・・・そか」
ボクの言葉に、兄さんが痛そうに笑う。
エドワード・エルリックという人はいつも。こんな時、そんな風に何かを押し殺したように笑う。
そんな笑い方させたくて言ったんじゃないよ。
伝わればいい。何もかも。兄さんへの想いごと。
だけどボクの想いを知れば。・・・兄さんは。
「お前さ」
兄さんがボクの肩のところに頭を落とした。
「昔良くオレの髪の毛、褒めてただろ」
今も気ぃ使ってくれるし、とボクの視線の届かない位置で兄さんが呟く。
それ・・・・・・、それって。
「お前が戻ったとき、短いと触りにくい・・・かなーとか・・・」
(ボクの、ため?)
どんどん声が小さくなっていく兄さんは顔を見ようと思っても、しがみついて離れてくれない。
照れるならもうちょっと分かりやすくしてほしいんだけど!
ま、いいか。
「兄さん」
「おー」
「だいすきだよ」
「おー」
うーん、やっぱり伝わってないな。
頬の辺りに触れる髪の冷たさと、濡れた感触と。
兄さんの手のあたたかさと。体温の。
「戻ったら一番に言いたいことがあるよ」
その時に兄さんはどんな風に答えてくれるのかな。
どうか悲しい顔はしないで。受け止めてくれなくてもいいから。
「でもさ」
兄さんがぼそりと言った。
「たぶんオレの方が、お前のこと好きだぞ」
ええ?
「それは聞き捨てならないよ」
「なんだよ。当然だろ」
「だめだよ。絶対ボクの方が好きだよ」
「オレだって」
「ボク」
言い合ってボクらはお互い譲り合わずに結局、笑った。
言葉は。
いつも、ボクの想いを伝えきらずに。
あなたに届かずにいるけれど。
あなたが笑ってくれるなら、それだけで十分だと思うよ。
だからずっと。
ずっと笑っていて。
ええ、ですからうちのアルエドはらぶらぶですってば(笑)
六畳とふたりで、エドの髪があんなにサラサラなのは
アルがブロウしてるからに違いないという話で盛り上がりまして(笑)
髪の毛触られるの好きに違いないとか、触られてるときはおとなしいに違いないとか
っていうかそれまるっきり飼われてる小動物だろとかそういう話の末に出来ました(笑)
馬鹿がふたりここにいます(笑)
04.01.16 礼