>> baby bird , a happy new year
目が覚めると、窓から入るひかりがひどく眩しかった。
鳥の声が小さく聞こえて、眩しさでほとんど開かない目で青い空を確認する。
天気がいい。そんなことを起き抜けのぼうっとした頭で考えながら、彼はふとその小さな鳥の声より小さく聞こえてくるものに気付いた。
ゆるゆると頭ごと視線を向けると。
そこに、金色の小さな雛がいた。
その雛は、ちいさくまるまって、彼の傍でくうくうと寝息を立てて寝ていた。
きらきらの髪と、柔らかにまろい形の頬。
伏せられた睫が金色に長く目許に影を作るのに、そっとくちびるを寄せたら、小さな吐息が雛のくちびるから漏れた。
さくらんぼみたいだと思って、彼は思わず微笑む。
彼の大事な大事な雛は、ほんとうにちいさく可愛らしく、そのミルク色の肌を持つ雛を見ているだけで彼のくちびるはほほえみの形に保たれてしまうというのに。
けれどそんなふうに口に出せば、きっと怒られてしまうのだろうと思い付いて彼はまた笑った。
負けず嫌いで気の強い、そんなところまで愛らしいけれど、その雛は確かに彼の兄だったから。
目を覚ませば毅い金の輝く瞳で、誰もを圧倒するような苛烈な雰囲気すら醸し出す、それはそれは頼りがいのある人間になる。
それでも、眠っている間は。
金に透ける髪と、ミルクのような優しい白の肌と、さくらんぼのように瑞々しいくちびるを持つ、彼だけの雛。
甘い寝息と、無意識にあまえてくる指先と、あたたかな体温を持つ。
彼だけの。雛になる。
兄自身すら知らないその眠る姿を独り占めする時間は、彼が眠ることのない鎧だった頃からの習い性だ。
人の体をとり戻した現在、眠ることは彼に取って必然になってしまったので、その時間は減ってしまったが、その代わりに隣りでそのぬくもりに触れながら眠れるということ。
その幸せを知っているから。
彼は、親鳥のように世話を焼く。
乱れた髪を整えて、蹴り出した上掛けを掛け直し、良い夢をとくちづける。
そして隣りで眠る。
草色のシーツと濃い緑色の枕に埋もれるように眠る彼の兄は別に眠っている時だけがうつくしい訳でもないのだけれど、この瞬間だけはあまりにも兄は彼のものでありすぎて。
「兄さん」
だからこそこの瞬間を譲らない。
「朝だよ、起きて」
うーん、と彼の金色の雛は小さくうめく。
それを3センチの距離で見ながらささやく。
「寒そうだけどすごくいい天気だよ。ウィンリィのとこにも挨拶に行かなきゃね」
「んー?あるー・・・もー・・・」
「もうちょっと?でも昨日の夜早起きするって言ったの兄さんじゃない」
「うー・・・」
半分眠りながら喋るのはまだ寝ていたい時のくせだ。本当に起きてしまえば、喋ったことなどちっとも覚えていない。
寝る時間を引き伸ばしたいが為に無意識に起きた振りをしているだけだ。
目の覚めていない、舌足らずな口調も、ただ愛らしく、愛しいが。
「いいの?起きないならボクが先に言うよ?」
それを起こすのも、彼の得意分野だった。
「・・・・・・・・・っだめッ!」
彼の言葉を聞いた途端、がばっと体を起こした兄を見上げる。どうやら昨日の決意はかなり固かったらしい。
「おはよう、兄さん」
そう言うと、はっとしたようにこっちを見る。それに笑いかけて身を起こし、髪にくちづける。
「・・・っおはようアル!おめでとう!アル!」
だがそれには構ってられないとでも言うように、挨拶と同時におめでとうを言った兄は、せめてそれだけは先に言われるかという気合いで漲っていた。
そんなにむきになる最初の理由は兄なりに弟である彼に気を使ったためらしいのに。
「・・・・・・そんなに先に言いたいのにどうしてボクより先に起きられないかなー」
毎日起こされている自分を反省して、起こす方になりたいと兄は言って。
新年を迎えるにあたり、早起きを目標にする。明日はお前より早く起きておめでとうを言ってやると。
「つーかお前が起きるの早すぎ!寝坊しろ!一回くらい!」
そう言っていたのにどうだろうか、この言い様は。
「だってボク、兄さんを起こすの好きなんだもん」
「オレにもたまにはお前を起こさせろ!」
「じゃあ早く起きれば」
隣りで理不尽なことを叫ぶ兄に彼はさらっとトドメをさす。
旅を終えても研究に明け暮れる兄に、早起きなど所詮無理な話だ。
研究は彼とてしているが、眠りとは脳を助ける為の機能なのだから、兄ほど目まぐるしく物を考えていては、彼より眠りが必要なのは当然の帰結だ。
「ちくしょー。今年もまたお前に負けっぱなしかー?」
ほんとうにくやしそうな負けず嫌いの兄は、せっかくの綺麗な髪をわしわしとかきむしって、ふと思い付いたように顔を上げた。
「あ・・・、ごめん。新年の朝から」
新年早々から言いあいと言うのも自分たちらしいと彼は思うのだが、兄は潔く謝る。
「いいよ、気にして無いし」
負けっぱなしはボクの方だしと心の中で続けて、彼は兄の肩を抱き寄せた。
「じゃあ改めて。新年おめでとう、兄さん」
「おめでとう、アル。今年もよろしくな」
「こちらこそ」
頬を寄せてキスをしたら、くすぐったそうに笑って身をすくめた。
きらきらと。
「お前人のことキス魔だって言うけど、絶対人のこと言えないぞ」
ひかる、ひかり。
「そうかな」
彼の兄は、眠っていても起きていても、やはり、ひたすらに眩しい。
「そうだって」
言いながら金色の雛のような兄は指先を伸ばして。
彼の頬を包み、目を閉じて羽のようなキスをくれる。
「でも兄さんだけだよ」
「オレだってお前だけだ」
むっとしたように言われて、うん。と笑ったら、それだけで見上げてくる兄もくしゃりと笑った。
オレがさ、と彼の耳にくちびるを寄せる。
「起こされて目ぇ開けると、アルはほんとに幸せそうな顔で笑ってるわけ」
それはそうだろうと彼は思う。それはこのうつくしく愛らしい雛が誰のものでもなく、彼のものだけである瞬間なのだから。
考えてみれば恥ずかしいような気もするが、勝手に頬がゆるんでしまうのだ。
「起こすのってそんないいもんかと思ってさ」
「そりゃそうだよ。兄さんは知らないと思うけど兄さんの寝顔ってほんと可愛いんだよ」
起こしてもらうというのも、大変魅力的なお誘いではあるが、どうにもこの雛を起こしてあげるという誘惑には逆らえない。 だから、と彼は続ける。
「これはボクの役得にしておいて?」
「・・・・・・・・・・・」
内緒話をするように、こそりと告げたら、鼻先にある目の縁が赤くなった。
「自分の寝顔なんか知るわけないだろ・・・」
照れてる。と思うと可愛らしさに胸がはち切れそうな気分になる。
「うん。それだけは兄さんも知らないボクだけの兄さんだもの」
きらきらと。
差し込むひかりに乱反射を起こす髪を撫でると、雛のような兄は照れた顔のまま、幸せそうに笑った。
ゆるく抱き締めると、従順にその腕に頭を乗せて、彼の心音に聞き入るように目を閉じる。
まだ眠りの尾が途切れない、こんなぬくもりに満ちた朝はまだ、『兄』ではなく彼のためのちいさな『雛』でいてくれる。
それもまたひどく幸せな気分をもたらす。
そうしているうちに兄は、また眠りの海に身を寄せようとしているようだった。
「眠い?寝てもいいよ」
「んー・・・ばっちゃんとウィンリィのとこには明日挨拶に行こう・・・・」
「そうだね」
「アルも寝ろ。まだ早いだろ」
「うん」
「昼前に起こして・・・」
「うん」
目を閉じて、彼の腕の中で。
彼の兄はまた、彼だけの雛になる。
年末から新年にかけて携帯でぽちぽち打ってたのを忘れていました(笑)
松の内も明けましたが置いとくと来年の正月まで置いとかないといけないので。
そんなことしたら発酵するよ(苦笑)つーか2度と読み返せそうにない甘さだ・・・。
むしろ今まで忘れていて良かったかもしれない(笑)
05.1.13 礼